2016年から2017年へ。一葉に愛を込めて。

iRyota25

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除夜の鐘が聞こえる。年に一度、世界の平和を祈る鐘の音を聞いていると、まるで世界が平和であるかのように感じられる。

旅に出ていると黒田三郎の言葉を思い出す。ちょっと読んでほしい。

久しぶりに旅に出て
車窓の景色を僕は見る
山なみははるかに
田や畑は豊かに
破綻のしるしはどこにも見えぬ

見た目にはただ美しいばかりだ
旅人の目で
僕はそれを見る
見てはならないものを
見るように

『新選黒田三郎詩集』1979年思潮社より(『羊の歩み』1971年刊『定本黒田三郎詩集』に収録)

黒田三郎はいったいどんな景色を目にして、この詩を書いたのか。詩人が亡くなってすでに長い。もはや想像するほかない。彼が感じた美しい風景は秋のものだが、季節を問わずに数枚の写真から思い描いてみた。

新緑が鮮やかなのは賢治が愛した山で出会った桂の木、桂の葉、桂の花。宮沢賢治がこの木の青葉、小さな花の下を通ってこの山を歩いたことは間違いない。しかしわたしはその時、彼が何を思ったのかを知ることはできない。

ならば自分の口で語るしかないだろう。

桂の青葉よ、日の光を透かして光る葉脈、いやその緑そのもの、葉と葉が重なって生じる翳り、むしろ虫喰いの穴までも含めて、その上で正統に愛おしい。

同じ山の山頂付近から見た夏の終わりの風景。緑の野が広がる光景は平和だ。

風が吹けば木々の葉の裏の白さが、たとえ霧の中でも眩しく輝く。

ではおなじ緑の景色でもこれはどうだろうか?

こちらは北九州市に新しく完成したばかりの病院。患者さんや来訪者の心理を考えた内装が施されている。医療施設としては、そこで行われている医療のみならず、環境としてもかなり進んだ先進的な場所。

だが、この風景から黒田三郎の詩を連想することができるか?

ではこの写真では?

これは「日本のふるさと」とも言えそうな遠野にある荒神様。(社の周囲すべてが水田に囲まれ参道がない。いったい誰がお世話しているのか不思議になる場所でもあるが)

咲き誇る夏のひまわり。写真を撮って数週間もしないうちに、種をたわわに実らせていた。「田や畑は豊かさ」を連想するには好適な一葉かもしれない。

でも、ひまわりの背景に写っているものは。

ひまわりのバックに並ぶ建物は、陸前高田で被災した人たちが暮らす仮設住宅。東日本大震災の被災地では、新しい商店街のオープンや、見た目はとても立派な災害公営住宅の完成といったニュースが伝えられるが、その一方で仮設での生活はすでに5年を超えている。

こんな秋の風景ではどうだろう。

美しい秋の風景。今年は秋になっても暑い日が続いたせいか、紅葉は今イチだったものの、それでも黄色や赤に色づいた光景は四季の変化の美しさを感じさせる。

しかし、写真の背景に写るのは福島沿岸部の汚染された土地。真ん中の写真では木質の放射性廃棄物を貯蔵するヤードが写り込んでいる。右の写真のススキが原は、人が立ち入ることのできないほどの高線量。何しろ背景にちらりと見えるのは福島第一原子力発電所だからだ。

ではこれは?

これは政令指定都市としては唯一人口減少が進んで、人口100万人を切った福岡県北九州市の国道10号線。この写真には仮設住宅も事故原発も放射性廃棄物の大型土嚢の姿もない。でも、それで平和な風景と言えるのか、どうか。

新幹線からの富士山。にっぽんを代表する美しい山。さくらの花と同様に、日本人のアイデンティティや誇りの象徴。

だが、その風景の向こうに何があるのか。

黒田三郎の詩「旅」の全文を改めて紹介する。



大気汚染やヘドロや
有害食品や
血なまぐさい事件や
交通事故のニュースの
ない日とてはないこの日日

久しぶりに旅に出て
車窓の景色を僕は見る
山なみははるかに
田や畑は豊かに
破綻のしるしはどこにも見えぬ

見た目にはただ美しいばかりだ
旅人の目で
僕はそれを見る
見てはならないものを
見るように

『新選黒田三郎詩集』1979年思潮社より(『羊の歩み』1971年刊『定本黒田三郎詩集』に収録)

大気汚染やヘドロや有害食品といった言葉から、詩人が目にしたのは1970年代の日本の風景だろう。では、2016年の私たちならば、冒頭のブロックにどんな事実を並べるだろう。2017年をこれから生きる私たちは、どんな出来事を、この詩の最初に掲げることになるのだろうか。

2016年から2017年へ。除夜の鐘が聞こえている。

詩人の詩に宛てた2016年の写真が国内のものばかりなのは、わたしが今年海外に行く機会をもたなかったという極めてローカルかつ個人的な理由に過ぎぬ。

このページに海外の風景を並べるとしたら?

2016年から2017年へ。除夜の鐘が聞こえている。世界はまるで平和の中にあるかのように感じられる。

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