被災地での自殺。ある日の新聞から

iRyota25

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ある日、地方紙の地域面にこんな記事が掲載されていた。

陸前高田消防署が駆けつけた時には意識がなく即死状態で、飛び降り自殺した可能性がある。

岩手日報2016年9月19日

震災の年、家も家族も職場も生活の場も失った人たちは、小学校や中学校などの体育館などに設置された避難所で、夏過ぎまでの長い期間を過ごした。その後、仮設住宅での生活が始まる。プライバシーのない避難所よりも、曲がりなりにも独立した部屋がある仮設住宅での生活に移行したことは「良いこと」と理解されているかもしれない。しかし、仮設に入ったことで「つながり」が分断されてしまったという声も聞く。震災から5年半、今さらだが、今だからこそとの決意の上での言葉として、仮設生活の苦しさ、悲惨の物語を聞くことは少なくない。

そして、長かった仮設住宅での生活が終わり、ようやく鉄筋コンクリートのマンションのような公営住宅への移住が始まって2年ほど。中田の災害公営住宅は陸前高田の市内では比較的早く完成した公営住宅だ。通路などに設置されたLED照明は、どうしてここまで明るくする必要があるのかと思うほど明るくて、気仙沼からのBRTの車窓からは、まるで場違いな不夜城のようにも見える。

亡くなられた方は、氏名もどんな方だったのかなどの情報は伝えられない。しかしおそらく、避難所から仮設住宅に移り、およそ5年の後にようやく公営住宅に入居することができた人だと考えていいだろう。

せっかく入居が叶い、新たな生活が始まった公営住宅で、その人はなぜ飛び降りなければならなかったのだろうか。

理由を大雑把に想像することはそんなに難しいことではないかもしれない。しかし、生き残った側から死んだ人の死の理由を大雑把に想像することがどれほど失礼なことか。私たちは痛すぎるほど知っている。私たちが大切にしなければならないことは、その人の悩みの核心を知ることはもはや永遠に不可能だということだ。

住民同士の交流はまだ活発でなく、住民の一人は「誰が亡くなったのか分からない」と話した。

岩手日報2016年9月19日

このことを、とある地方紙の片隅に掲載されたとある出来事、と捉えていいのかどうか。

ほんの数日前、中秋の名月が曇り空で撮影できなかった翌日、中田の災害公営住宅の向こうに昇る十六夜の月を撮影していた。

亡くなられた方もこの月を見たかもしれない。

「誰が亡くなったのか分からない」という新聞に掲載された住民の言葉が刺さる。

いいこと。そう見えても、実はそうでもないこと。人によってはその変化自体が苦しみにつながること。

飛び降りた人にとっては、目の前の絶望の方が8階建ての建物の落差よりもはるかに深く果てしないものであったということ。私たちが思いを辿りうるのはそこまでだ。その先のことを思い描くことは誰にもできない。飛び降りた人がすべてを持っていってしまったからだ。

地方新聞にニュースが掲載されたその日から、ひとりの人が命を擲った場所の近くに住む人たち、同じ町にくらす人たち、さらには遠く東京や京都あたりのボランティアの人たちまでがこの出来事をめぐって、語り、話し、電話し、なんとかできないか模索し始めている。とある地方新聞の小さな記事だったにも関わらず、波紋は広がっている。

自分に何ができるのか、仮に何かできることがあったとして、それを為すことが本当にその人にとって為になることなのかどうか。飛び降りた人の他に、同じように苦しみを突き詰めている人がいるに違いないと想定すること自体、果たして是なのかどうか。

シーソーのように思いは右に左にし続け、定まる所を知らぬ。

そんな中、それでも、団地の人たちや町の人たち、そして遠く離れた場所の人たちが、何か、少しでもできることはないのかと心を右往左往させている。その人たちの姿は果てしなく尊いと思う。それが人間というものなのだろう、と考えさせられる。

右往左往している人たちのうち自分が知っている何人かは、整体やマッサージに行かなければならないほど体を痛めている。何かできることはないのか。冷徹だが客観的に見て、できることなどないと言うべきだという思いに傾きそうにもなるのは、きっと同じニュアンスのようなものを抱いているのだろう。それでも、少しでも何かできないかと思いを巡らせるから体にまで支障を来してしまっているのに違いない。

そんな様子を見聞きしながら、自分もまた思いを右往左往させるしかないでいる。

亡くなられた方のご冥福を祈りますとの常套句が、いかに無力であるか——。

岩手日報2016年9月19日
岩手日報2016年9月19日

答えのない課題がこの町の秋空に満ちている。

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