ここは三陸鉄道綾里駅。三陸鉄道の駅なのに、停まっているのはJR東日本のディーゼルカー。なぜかって？

クルマで綾里駅に着いたのは、ちょうど三陸鉄道の一両編成が到着する5分前。駅舎の中の売店で委託職員のおばちゃんとおしゃべりしていたら、遠くから汽笛の音がした。「ホームから写真撮っていい？」「ええ、もちろん」

ホームに飛び出すと、おばちゃんもデジカメ片手にホームに出てきた。「ちょっと人に頼まれたんだ」とおばちゃん。

入線してくるのは盛発釜石行き。北へ向かうディーゼルカーのはずだ。なのに汽笛は北の方から聞こえてくる。そして入ってきたのは…

入ってきたのはJR東日本のキハのジョイフルトレイン。

「な、なんでJRが？」「だから写真撮るように頼まれたのよ」なんてやり取りしてるうちに、JRのディーゼルカーは綾里駅のホームに滑り込んだ。

三陸鉄道のディーゼル車両は通常1両編成で運行されている。企画列車や特別列車を接続している時でも2両編成しか見たことない。なのにこのJR列車は先頭からピンク、パープル、グリーンの3両編成。

なんだかとてつもなくレアなものに出くわしてしまった感覚がわき起こる。なぜか最後尾まで確認したくなって、ホームを足早に歩く。歩きながら車両を覗いてみると、なんと、お座敷列車だ！ しかも、窓の反射で見えにくいがテーブルには碁盤のようなものが設えられているではないか！

駅の委託職員のおばちゃんも最後尾まで写真を撮りにやって来て、車掌さんとなにやらおしゃべりしている。年に一度の珍しい企画列車なのだという。

おばちゃんが駅の仕事に戻っていったので、車掌さんに聞いてみた。「この列車って、全席囲碁列車なんですか？」

「そうだよ」とあっさり。

「週末に碁石海岸で囲碁の大会があるって話だけど、それの関連？」

「関連もなにも、そのイベント列車さ。碁石海岸までは鉄道じゃ行けないからね。だからJRから三陸鉄道の盛駅まで囲碁列車が走るってことさ」

碁石海岸は大船渡市の南側の半島に位置する風光明媚な観光地。海の浸食でできた岩の穴を船で通れる穴通磯や、波しぶきを上げる海から屏風のように切り立った乱暴谷など見る者を圧倒する景観で三陸ジオパークにも選ばれている。

碁石海岸の名は、豪快な磯の周辺に、黒く丸い石が敷き詰められた浜があることに由来するらしい。震災後の復旧工事で浜は少し荒れてしまったが、碁石海岸の浜辺では碁石のように丸くて平たい小石をいまも見ることができる。

碁石海岸は大船渡が誇る観光資源。碁石にちなんで「囲碁のまち大船渡」として売り出したい。そんな思いがつながって「復興祈念！ 第3回碁石海岸で囲碁まつり」が開催されることになった。イベントの一環として6月10日の囲碁列車では、車内で日台親善団体戦が繰り広げられていたのだとか。

ではなぜ囲碁大会で日台交流なのか。

いうまでもなく台湾で囲碁が盛んなのはもちろんだが、それでけではない。5年前の東日本大震災の折り、台湾の人たちが東北のためにたくさん力を尽くしてくれたことが最大の理由だ。世界でも最大規模の支援をして下さった台湾の方々、そして日本中の人たちへのお礼として、台湾から囲碁ファンやトップ棋士を招き、日本全国からの囲碁ファンとの交流の場を設けることで感謝の思いを伝えよう。大船渡のみんなで歓迎することで、復興への機運を高めていこうというのが、「復興祈念！ 第3回碁石海岸で囲碁まつり」の趣旨だ。

台湾囲碁との交流は大船渡でこれからも続けられる。碁石海岸のあるまち大船渡が日本の囲碁ファン400万人の聖地となる日も遠くないかもしれない。

復興を盛り上げるイベントとして、これはなかなかだと思う。できれば復旧工事が完了したあかつきには、碁石海岸の海辺でアウトドア囲碁を見てみたい気もする。

囲碁列車は来年も、その次の年もずっと、三陸のリアスの海辺の町々を縫って走り続けることだろう。これからも応援したい。

「復興祈念！ 第3回碁石海岸で囲碁まつり」のスケジュール
■6月10日
新花巻—盛「臨時囲碁列車」車内で第1回日台親善団体戦
盛駅到着後、大船渡市内、碁石海岸ツアー
■6月11日
第2回日台親善団体戦、自由対局、日台女流トップ棋士祈念対局と大盤解説、やさしい囲碁入門講座、棋士指導碁、日台盲学校囲碁大会、被災と復興特別展示、若者交流会
■6月12日
盛発「臨時囲碁列車」
（予定は、碁石海岸で囲碁まつり実行委員会のチラシより抜粋）

因に——。揺れる列車の中ではどんな碁盤を使うのか。その答は碁石海岸のビジターセンターで流されている車内囲碁大会の映像にあった。

碁盤の目が凸状で、石の方に刻みが入れられてるようだ。なるほど、納得。