居酒屋で原発作業員さんと呑んだ1時間

iRyota25

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この前の三連休はずっといわき市だった。知りあい3人でカウンターの他にはテーブルがひとつあるだけの小さな居酒屋で飲み食いしていたら、作業服を着た初老の男性が来店して、カウンター席の二つ隣に座った。まだ宵の口、時計は6時半を回ったくらいだった。

初老の男性はマスターとは顔見知りらしく、「最近どう?」とか「まいちゃうよ、今日も仕事だったんだぜ」とかおしゃべりしている。そのうち、もう少し若い作業員風の人もやってきて、初老の男性の二つ隣、カウンターの一番端の席に座った。(ここからは最初の男性をAさん、後から来た人をBさんと呼ぶ)

Bさんも仕事帰りらしく、顔は機械油で汚れたみたいに薄っすらとテカっていた。Bさんより早くから呑んでいて饒舌になったAさんにマスターが、仕事はなんだっけ?と尋ねると、Aさんは軽く右手で握りこぶしをつくって、「オレはね、イチエフなの」と言った。あーそうなんだ、大変だねと軽いおしゃべりがしばらく続いた。Bさんは静かにカウンターの端で呑んでいた。

そのうちAさんが、たしか同じおつまみを注文したのがきっかけだったか、「あなたたちはどこから来たの? 東京?」と、言葉をかけてきた。東京と小田原と静岡と答えると、Aさんは「オレは横浜から来てるんだ」、「で、お宅はどこ?」とBさんにも尋ねた。Bさんは小声で「オレは青森」と言った。標準語のイントネーションだった。「そう、で、お宅もイチエフ?」とのAさんの問いかけに、Bさんは答えにくそうにしながら小さく頷いた。それからカウンターでイチエフの話がはじまった。

まさに漫画「いちえふ」の世界

たくさん聞いてみたいことがあった。震災の日、第一原発で行われていた会議に出席していてその日のうちに避難した佐藤大さんや、現在も免震重要棟で事務の仕事をしている人の話は聞いたことがあったが、現場で廃炉に向けての作業に携わっている人に出会ったのは初めてだったから。しかし、どう聞けばいいのか躊躇する感覚もあった。(以下、カギかっこが作業員の方の言葉。Bさんは言葉少なだったので、Bさんのみ明記した)

お二人とも、全面マスクにフィルター付けて仕事されているんですか?

「うん」

じゃあ、夏は大変でしたね、防護服着てると暑いんですよね。

「暑いなんてもんじゃないよ」

「最近みたいに、暑かったり寒かったり、温度差が大きいのも困るんだ。日によっても気温が全然違うし、朝と昼でも違う」(Bさん)

防護服着るとトイレに行くのが大変だから、出発の前にちゃんと済ましていかなきゃダメなんだそうですね、とマスター。

「いやいや、出そうな時は途中でもトイレに行くよ」

「出もの腫れもの、だからね。仕方ないよね」(Bさん)

だけど、トイレに行って脱いだら、また一から準備やり直しなんでしょ。

「そりゃそうだよ。だから大変なの。脱いだり計ったり、また着たりだから。だからちょっと催しそうだなって思ったら、早めに行く。オレはそうしてる。でないと漏らしちゃうもんな、ハハハ」

竜田一人の漫画「いちえふ ~福島第一原子力発電所労働記~」に描かれた世界が、決して誇張されたものではないことがよく分かった。作業着の上にタイベックを着て、靴下は重ね履き、全面マスク着用。手袋と袖の間は粘着テープで目張り。暑い季節には熱中症にならない方がおかしい。そんな話だった。ただ、「まあ、そこそこ給料もらってるから仕方ないけどな」という言葉もあったので、2人とも5次、6次といった下請け最末端で働いているわけではなさそうだった。

現場でもっとも関心があるのは「作業環境」

数日前、立ち入り規制するためのトラロープ(黄色と黒の縞ロープ)を張るための鉄ピンを地面に打ち込んだら、高圧電線を打ち抜いてしまって、所内の電源が落ちるというトラブルが発生したと聞いていたので、思い切って聞いてみた。

「いやあ、そんなことはどこで起きても不思議はないよ」

だけど、重要な高圧電線だったんでしょ。現場監督さんも分かってないってこと?

「トラロープ張るなんて、その辺を仕切っといてくらいの指示だからなあ」

「このところ、作業員も下請けも増えて、昔の倍くらいもいるから、とても把握しきれないんだろうな」(Bさん)

「そういう意味じゃ、現場は危険がいっぱいだからな」

「やはり、あれですか」(Bさん)

「だよなあ、いくらなんでもタンク車の蓋に挟まれるってなあ」

2人が急に暗い面持ちに変わった。タンク車の事故というのは、今年8月8日に発生した死亡事故のこと。早朝、車両の清掃を行っていた鹿島建設協力会社の52歳作業員が、車両後部のタンクに頭を挟まれて亡くなった。

だけど、あのタンクの蓋ってダンパーかなんかの安全装置がついていたんじゃ……

「ダンパーが付いてても、ゆっくり閉まるってだけのことで、挟まれたらどうにもならないよ」

「タンクの中の道具を取ろうとしたとかって」(Bさん)

「うん、道具をって話だった。でも、なんで見張りを立てねえんだってことなのさ」

「清掃とはいえ危険作業ではありますからね」(Bさん)

「人が亡くなってしまうような作業なんだから、見張りは絶対いるはずなんだ」

2人が「見張り」と言っているのは、建設作業の現場でクレーンやパワーショベルのような、死角があって危険を伴う作業を行うときには、運転者や作業者の他に、全体が見える場所に配置する見張り要員のこと。見張りを立てるだけではなく、万一の時に対処する「合図」もしっかり決めなければならないと、労働安全衛生法でもルールとして定められている。

そうは言っても、町の工事現場でも見張りなんて立ててないこともありますからね。

「いや、原発の現場は特殊だし、危険が多いからこそ見張りが必要なんだよ」

全面マスクだと視野も狭いでしょうしね。

「それもそうだけど、現場は毎日どこかしらか変化しているから、危険を把握するのが大変ということもあるんですよ」(Bさん)

作業員は増えている。しかし作業そのものも増えているから、現場の負担は軽くなってはいない。線量的にも肉体的にも厳しい仕事だから、作業員の出入りも多い。実質的な人手不足の状況は続いているようだ。今年の春に死亡事故が続いた後、全作業をストップして安全最優先の再確認が行われたが、工程を守るための無理は必ずしも解消されているとはいえないように感じた。しわ寄せは結局は安全面に現れる。クレーンや重機を使う時なら見張り要員は当然つくけれど、工程に直接関係しない作業では、十分な人員が配置されないケースもあるということなのかもしれない。2人は「問題は現場の環境だな」という言葉を何度も繰り返した。現場の危険の話はこの後も続いた。

守ってくれている人たちに握手

もっといろいろ話したかったのだが、ハシゴの予定があったので先に店を後にした。店を出る時、お2人と握手させてもらった。両手で握手するとAさんもBさんも両手で握り返してくれた。

分厚い手を握って揺らしていると、この人たちが日本が破滅しないように守ってくれているのだと、大げさでもなんでもなく、自然とそんな気持ちになった。握手しながら何と話したかはここでは書かないけれど、別れ際、「またいつか、いわきの飲み屋で会いましょう」と話し合った。

東京電力がニュースリリースのような形で公開する情報は、なんだか堅苦しくて冷たい感じがするものが多い。現場の状況も伝わりにくい。実際にイチエフで働いている人たちの手の中にある熱を、私たちはもっと知った方がいいと思う。

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