前の記事を書いた後、湧水が豊富な三島の町を散歩しながらふと思った。どうして地下水からセシウムが検出されるのだろうか。
三島周辺に湧水が多いのは富士山があるからだという。1万数千年前の噴火で富士山から流れ出した溶岩は、30キロもの距離を流れ下って三島付近まで到達した。三島の町の地面のすぐ下には当時の溶岩流が残されていて、その隙間をくぐり抜けてきた富士山の雪解け水が三島の町なかで湧き出しているというのだ。東洋一の湧水量を誇る柿田川もお隣の駿東郡清水町にある。
そんなわけで、三島の町なかを流れる富士山の湧水はどこまでも清々しいのである。でも湧水や地下水が清らかなのは、なにも富士山の専売特許ではない。水を汲む人の行列ができるような湧水は全国に数知れず。知名度は高くなくても、少し山に入れば美味しい泉は至るところにある。どんなところの湧水でも透明な輝きは共通するものだ。
それどころか、水が豊かな日本ではちょっと地下水位が高い場所であれば、大都会の真ん中でも住宅地でも高速道路の工事現場でも、少し掘ればすぐに水が湧いてくる。泥を穿って流れ出る地下水は最初のうちこそ泥で濁っているが、やがて透明な水に変わる。たぶん地下の水の道の周りの泥や砂利がフィルターになって濁りが吸収されのだろう。
ぼんやりと三島の湧水の流れを眺めながら考えた。どうして地下水からセシウムが検出されるのだろうかと。
セシウムと水、その際立った特徴
湧き出る水を眺めていて急に目が覚めた。これは「素朴な疑問」なんてもんじゃない。原発から数十キロの距離にある農地で、放射性物質を極限まで低減する農業に取り組んでいる人たちから、これまでに何度も教えてもらったことじゃないか。前の記事では降水量とセシウムの濃度の相関ということばかり考えていて、井戸の水がどこから来たものなのか深く考えていなかった。迂闊だった。
セシウムは泥に吸着しやすい
セシウムは細かい泥の粒子に吸着しやすい。田植え前、田んぼに水を張って耕うんすると、セシウムは表層に集まってくる。それはセシウムそのものが移動するのではなく、セシウムが引っ付いた細かな泥の粒子が水の中でかき混ぜられて、上にあがってくる結果、セシウムが表層近くに移動するのだ。(理科の実験でメスシリンダーに泥水を入れてしばらく置いておくと、下から小石、砂、泥、水の層になるのと同じ理屈)
セシウムはそれほど泥に引っ付きやすい。
セシウムが選ぶのは水よりも泥
田んぼの用水(主に川の水)からは、ほとんどセシウムは検出されない。水道水の基準は1リットル当たり10Bq未満だが、それよりはるかに低い。検出限界を下げるために長い時間をかけて測定しても検出できるかどうかという低さだという。土地に降下したセシウムの多くはすでに洗い流されるか泥に吸着して、清水にはほとんど溶け込んでいない。
しかし、大雨で増水した川が山の土砂を巻き込んで、川から溢れたところに残された泥水からはセシウムが検出されたことがあったという。
セシウムは水よりも泥に引っ付きやすいということだ。泥よりもさらにセシウムを吸い付ける力が大きい物質にゼオライトがある。泥と同じように、表面の微細な孔にセシウムを吸着する石質の鉱物だ。農家では田んぼに撒くなどの方法で、作物がセシウムを吸収しにくくする効果を上げている。
ゼオライトは同じ理屈で事故原発でも汚染水処理に利用されている。破損した原子炉を冷却し核物質に汚染した水からセシウムを除去するキュリオンやサリーという装置は、セシウムが詰まった吸着塔に汚染水を流してセシウムを取り除く仕組みだ。セシウムは水の中にあるよりも、セシウムの方に引っ付きやすいので、このような単純な仕組みでも多くのセシウムを除去することができる。
雑固体廃棄物減容処理建屋北の井戸の水の正体は?
井戸の水のセシウム濃度が上がったり下がったりすることに、降水量が影響しているという言葉から、こんな状況を想像していた。
「原子炉建屋の爆発やベント、汚染水を溜めたタンクからの水漏れなどで地表近くにあった放射性物質が、雨水とともに地下に浸透して、やがて地下水に溶け込んで低い方へと流れていく。大雨の後などに井戸水のセシウム濃度が上昇することがあるのは、降雨で増水した雨水がより大量のセシウムを流すから」
しかし、この仮説が成立するのは難しい。地下水ではなく川のような表面水ならあり得るだろう。「普段は水道水の基準未満の清水だが、大雨で増水した川が山の土砂を巻き込んで、川から溢れたところに残された泥水」からセシウムが検出されるという現象と相似形だ。
しかし地下水で同じことが起きるためには、よほど地下水の流れ道の条件に整ってもらわなければならない。
地表に降ったセシウムが地下に浸透していくスピードはそれほど速くはない。しかも浸透していく途中で周囲の土粒子に吸収されていく。地下水位の達するまでに濃度は大幅に下がる。しかも地下水の流路の中でもセシウムは周囲の泥に吸着していく。地下水が澄んだ清水なら、降雨量でセシウムの濃度が大きく変動することは考えにくい。
降雨とセシウム濃度の上昇に相関関係があるという前提で考えるためには、少なくとも次のような条件が必要だろう。
【1】地表近くから地下水位まで速やかにセシウムを移動させる縦穴状の地質
【2】セシウムが吸着した泥粒子を流し続けるのに十分な流速と流量がある地下水脈
【3】雨が上がった後にもセシウムが吸着した泥粒子を長期間供給し続けること
【4】しかも検査結果がNDの期間はほぼ完全に清水が流れていること
地表から地下洞窟につながるすり鉢状のドリーネが多数あって、地下洞窟は雑固体廃棄物減容処理建屋北の井戸につながる川のような流れを有し、さらにできれば井戸の辺りでは地底湖のようにセシウム泥がほどよく堆積し、しばらく時間をかけてほぼ完全に洗い流す地形になっている――。
そんな地形が事故原発の地下にあるという話は聞いたことがない。あるいは「忘れられたボーリング縦孔」が構内には散在していて、雨のたびに地表からセシウム泥水を地下に急送しているといった荒唐無稽な想像をしなければならないだろうのか。
セシウムはどこから来たのか?
雑固体廃棄物減容処理建屋の周辺には、原子炉を冷却した後の高濃度汚染水を貯蔵しているプロセス主建屋などの建物がある。4号機の原子炉建屋もそう遠くない。地下にはトレンチやかつて止水工事が行われたダクトなどが数多く走っているらしい。
サブドレン近くにある設備から地下水への水漏れの可能性なら、広い意味での地下水よりも推理としては考えやすいのではないだろうか。
地下の状況は複雑で、しかも時間の経過とともに変化し続けているのだろう。しかし井戸から検出されたセシウムは、3年3カ月前までは1号機から3号機までいずれかの炉心にあったものだ。どのような経緯で井戸から検出されたのか、そのルートを解明することは、建屋地下の修復工事や構内各所で行われる止水工事など、廃炉に向けての今後を考える上でも欠かせないはずだ。
セシウム濃度が高く出た時のサブドレン(井戸)の水位はどれくらいなのだろう?
サンプリングされた水はどんな色だったのだろう? 見た目はきれいな地下水だったのか、それとも泥水だったのか、あるいはもっと別の色だったのか。セシウムなどの放射性物質以外の微量に含まれる物質の調査はしていないのだろうか?
東京電力が「監視を継続する」ということは、まさか「見守るよりほかに手がない」という意味ではないだろう。監視から一歩踏み出した情報を期待したい。
自主・民主・公開。原子力三原則の精神のもとに。
文●井上良太
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