東京電力の事故原発1号機にロボットのような調査装置を入れて撮影した映像が公開された。
原子炉建屋の地下室は水に浸されている。格納容器から地下室への水が漏れる場所が初めて特定された調査映像だが、この写真からストレートに連想したのがこの書籍だ。
「原発ジプシー」著者の堀江邦夫の文に水木しげるが絵をつけた「福島原発の闇」。書籍としての発行は2011年、原発事故が発生した年の夏だが、初出は「アサヒグラフ」1979年10月26日号。スリーマイル島原発事故の後のことだった。
堀江氏は原発作業員として日本各地の原発に潜入しルポ記事を書いていたジャーナリストだ。当時はすでに反原発的な表現へのパージが進んでいて、堀江氏はルポ記事を発表する場にも窮している状況だったという。そんなとき、アサヒグラフの藤沢正実記者からこの企画が持ちかけられる。あなたが執筆中の原稿の一部を抜粋し、再構成して、アサヒグラフで掲載させてほしい。絵は水木しげるさんに依頼するつもりだと。堀江氏は驚愕したという。あとがきにはこうある。
嬉しさよりも、むしろ驚きというか戸惑いのほうが大きかった、というのが正直な気持ちでした。
「あとがき」にかえて 「福島原発の闇」堀江邦夫(朝日新聞出版 刊)
堀江氏が感じた戸惑いには、たとえ水木さんでも見たことも聞いたこともない原発内部を具体的に描きうるのだろうかという不安があった。
現在と違って原発内部の様子を示す詳細な画像や資料などほとんど存在しない時代だ。いや現在でも、東京電力やマスコミの代表取材でもたらされる写真や動画は原発の「実像」を表しているものではないという、原発作業を経験した人の声もある。作業員が携帯電話のカメラなどでこっそり撮影してネットに上げられる写真も、その多くがせいぜい建屋外での記念撮影的なものだ。
しかし、水木氏は堀江氏や藤沢記者が集めたわずかな資料と、堀江氏の言葉だけをたよりに福島第一原発の内部を描き上げた。「パイプの森」で働く下請け労働者たちの不安や恐怖まで含めて克明に。
2011年版の解説にはこう記されている。
水木さんは藤沢記者の話に耳を傾けると、すぐに「やってみましょう」と答えた。原発をとりまく状況を即座に把握した勘の鋭さに藤沢記者は驚いたという。そして、水木さんはこう語った。
「まるで戦場のようですな」
戦争の実像を描いてきた水木さんは、原発で働く労働者の姿に、無責任な大本営体勢のもとで末端兵士として死にかけた自らの戦争体験を重ねていた様子だった。
「福島原発の闇」二〇一一年の解説(文・週刊朝日編集部 林るみ)
事故原発の厳しい状況の中、廃炉と事故の収拾のために働く現場の人たちの姿は、いまもほとんど表に出てこない。漏れ聞こえてくるのは作業環境や待遇、危険手当のカットなど、苦しい話が多い。「大本営」や「末端兵士」という言葉に、1979年当時のみならず、今日の事故原発に通じるものを感じるのは筆者のみではあるまい。
原子炉から直接流れ出る高濃度汚染水が溜まった原子炉建屋地下室。辛うじてロボットが撮影することが出来た細く暗い作業通路の奥に、福島原発の闇が広がっている。
文●井上良太
最終更新: