毎日公開される「福島第一原子力発電所の状況について(日報)」を、前日分と比較して、変化や変更を中心にピックアップする記事を書いています。2014年3月19日の日報は、冒頭に「多核種除去設備(ALPS)」ホット試験中断の続報が掲載されました。
記載された内容、とくに分析結果のデータから、深刻かつ重大な事態の発生が読み取れます。日報チェックとは別記事としてまとめました。
多核種除去設備(ALPS)すべての系統で処理中断(続報)
昨日の日報に記載された事故の続報なので、こんな見出しにしましたが、まったく別のタイトルを立てたいほどの、極めて重大な事態になっています。
日報の記載では、セシウム除去後の濃縮された汚染水から62の核種を分離する、いわば汚染水処理の切り札として期待されている多核種除去設備(ALPS)のA,B,Cの3系統あるうちのB系のみの不具合というように読み取ってしまう恐れがありますが、問題はその先にありました。
まずは、19日の日報の冒頭に特記された内容を引用しつつ解説します。
多核種除去設備(ALPS)A,B,C出口水、下流側のサンプルタンクA,B,Cおよび移送先のJ1エリア(D1)タンクの全ベータ放射能濃度の分析結果は以下の通り。
・A系出口:2.7×10^2Bq/L(採取日:3月17日)
・C系出口:2.2×10^2Bq/L(採取日:3月17日)
B系の不具合から念のために停止したA系とC系の処理出口の数値です。
2.7×10^2Bq/Lという数値は、これまでの実績と同様のもの、つまり異常はないということが示されています。
※「10^2」は10の二乗の表記です。日報では「102」と記載され紛らわしいため、東京電力が他の資料で使っている「10^2」表記に筆者が改めました。
・B系出口:1.1×10^2Bq/L(採取日:3月14日)
・B系出口:1.4×10^7Bq/L(採取日:3月17日午前10時45分)
・B系出口:1.1×10^7Bq/L(採取日:3月17日午後2時15分)
続いてB系の処理後の出口での数値の変化です。
3月14日には「1.1×10^2Bq/L」だったものが、
17日には「1.4×10^7Bq/L」、「1.1×10^7Bq/L」となっています。
数値で注目すべきは、「10^2」や「10^7」と記載した10の何乗かを示す乗数です。
つまり、14日には10の2乗オーダーだった放射線量が、17日には10の7乗オーダーに大きく増加したということ。100の桁だったものが1000万の桁に激増したことを示しています。
※ ここまではB系の処理能力が急激に失われたということを示すデータです。
しかし、問題はさらにこの先です。
サンプルタンクはすべての系統で共用されている
・サンプルタンクA:5.1×10^6Bq/L(採取日:3月18日)
・サンプルタンクB:3.6×10^6Bq/L(採取日:3月18日)
・サンプルタンクC:9.2×10^6Bq/L(採取日:3月18日)
・J1エリア(D1)タンク:5.6×10^6Bq/L(採取日:3月18日)
サンプルタンクというのが何なのか、過去の資料を探してみるとありました。
ALPSのホット試験(試運転)が始まる直前に公開された資料の1ページ、汚染水処理の全体像を示す「多核種除去設備設置の目的」の右下、多核種除去設備からの矢印が「サンプリングタンク」を経て「タンク」へとつながっています。
さらに、昨日「報道配布資料」として公開されたPDF書類の3ページには、さらに詳しくALPSの処理フローが掲出され、サンプルタンクABCが赤文字で表示されています。
ALPSの処理系統にABCの3系統があり、サンプルタンクにもABCとあるので、それぞれの系統のサンプルを別々に一旦溜めて、放射性物質がどれだけ除去されているのかを分析した上で、有効に処理されたことが確認された水だけが多核種処理済水としてタンクに移送されるのかと思い込んでいました。
統計概略図ではサンプルタンクのABCはつながっています。処理系統のABCの出口から出るラインもすべてサンプルタンクのABCにつながっています。
だから、18日に採取されたサンプルタンクの水の分析結果が、サンプルタンクABCのいずれも、
10の6乗オーダー(100万の単位)だったのだと考えられます。
B系の処理後の出口水が10の7乗オーダー(1000万の単位)だったの対して1ケタ減少しているのは、A系、C系が処理した水と混ざったからでしょう。
しかし、素人でも考えてしまうような根本的な問題として、サンプルタンクABCをそれぞれつないで共用にしていては、ALPSの処理系統ABCのどれかひとつが今回のような不具合を起こしただけで、サンプルタンクのすべてが汚染されてしまいます。
これは設計上のミス。極めて重大なミスです。
処理済水タンクが汚染されたのはなぜ?
引用の途中ですが、いったん見出しで区切らせていただきます。
東京電力の日報に記された「J1エリア(D1)タンク」の数値がサンプルタンクと同様に高いことが、たいへん大きな問題だからです。
J1エリアは新たタンク増設エリアで、漏えい事故が発生したフランジタンク(部品をボルトで締めて造られた急造タンク)ではなく、円筒を縦切りした形状の部材を溶接で成形するタンクの建造が急ピッチで進められています。
場所は集中廃棄物処理建屋の南東。航空写真で野球場跡が見える部分も含めてJ1~J3エリアの造成が行われている模様です。位置は下記PDFのNo.4、23ページに記載されています。
西門近くに建てられたALPSの建屋からはどれくらい離れているのでしょうか。地図上で測ったところ、直線距離で約1km、配管の長さでは2km近くはあろうかというほど離れた場所にあります。
J1エリアのタンクで、サンプルタンクと同レベル、10の6乗オーダー(100万の単位)が検出されたということは、サンプルタンクからそのままJ1エリアへの処理水の移送が行われていたことを意味します。
(仮にJ1エリアのタンクにすでに、正常に処理された水が貯められていたとすると、より高濃度に汚染された水が追加的に供給された可能性も浮上します。たとえばサンプルタンクをバイパスして、直接J1エリアに送水するような経路があり、そのルートが開いていたという可能性も比定できなくなります)
いずれにしろ、サンプルタンクの中にあったのと同レベルに汚染された水が移送されたその結果、どのような事態が引き起こされたかというと、100の単位まで浄化した水を溜めるはずだったタンクが、100万の単位の処理不十分な液体で汚染されてしまったということです。もちろんALPSとJ1エリアをつなぐ長い長い管路も汚染されました。
なぜサンプルタンクに貯めた段階でチェックすることなく、J1エリアのタンクへの移送は行われたのか――。この点については後で触れたいと思います。
ここまでが日報に記載されたデータから読み取れる事故の概要です。3月19日の日報では、データを記載した後の締めくくりの言葉として、次のように記載されています。
多核種除去設備(ALPS)A系およびC系出口水の分析結果については、通常と同程度の値であり、除去性能に異常はみられない。また、多核種除去設備(ALPS)B系に漏えい等の異常は確認されていない。引き続き、原因等の調査を行う。
広がった汚染への対応は?
ニュースで報道されているように3月19日には記者会見が開かれたようです。その席で配られた報道配布資料からは、汚染されたタンクは「日報」に記載されたJ1エリア(D1)だけにとどまらない恐れもあることが読み取れます。
以下に引用するのは、今後の対応を列挙した部分です。
原因調査及び影響範囲の確認のため,以下の事項を実施
■(B)系の出口水放射能濃度上昇の原因調査
■J1エリアタンクの汚染範囲の確認
・各タンクの隔離(3/18 実施済み)
・各タンクのサンプリング(実施中)
■サンプルタンクの残水処理およびタンク・系統配管の除染
・サンプルタンクC→Aへの移送(準備中)
・サンプルタンクA・B・CからJ1エリアへの移送(準備中)
・系統配管の除染(準備中)
「各タンクの隔離(3/18 実施済み)」とは、汚染が確認されたD1タンクとほかのタンクをつなぐバルブを閉めるということです。3/18実施済みとあるところから、18日まで開の状態にあったほかのタンクにも汚染された水が流れ込んだ可能性があるということです。(下記画像の赤枠で囲まれた21基のタンク)
対応策として掲げられている中に、汚染されたJ1エリアタンクの除染が挙げられてていないところを見ると、汚染されたタンクは上の図の水色表記のものと同じく、ALPSで処理する前の濃縮された塩水用のタンクに振り向ける考えなのかもしれません。これは想像ですが、猛烈な勢いでタンク増設を続けている今なら、正常に処理した水には新設タンクを宛てがうことも可能ということでしょうか。
しかし、ALPSの処理水出口からサンプルタンクを経て、J1エリアへ至る配管は完全な洗浄と除染が求められます。場合によっては取り換えが必要になるかもしれません。
機能そのものの健全性が確認されているALPSのA系とC系を再稼働しないのは、念のため、確認のためという理由もさることながら、現状で運転してもせっかく浄化した水を汚染した管路に流して再汚染させることになるからかもしれません。
今後の東京電力の対応から、ALPS処理水をどうするつもりなのかが見えてくるはずです。なぜなら、旧・原子力安全・保安院が示した63核種を浄化する基準値に照らせば、話題のトリチウム(三重水素)以外については、ゆっくり試験運転のALPSでほぼ基準を満たす成績をあげているからです。
トリチウムについては、薄めて海に流すとか蒸発させるといった案もあり、国でも扱いを検討している最中といいます。どんな形であれ放出する道が開ければ、汚染水問題の改善へつながると国も東京電力も考えているだろうことは想像に難くありません。
トリチウムを放出するか否かという問題の是非をここでは一旦おくとしましょう。その上でです。さてトリチウム以外の核種については基準値以下に近づいている水を貯めるべく新造したタンクや管路が汚染されてしまった――。それが現在の状況ですが、このタンクに「将来的に放出する可能性のある処理水」を追加で蓄えることがあったとしたら社会はどう捉えるか。
日本の社会だけではありませんよ、国際社会もです。たとえばしっかり除染を行い、その上でタンクと管路の汚染についての安全宣言を出したとしても、どのような反応が起きるか。
知人から聞いた笑い話です。ある中学生が言ったそうです。「アンダー・コントロールの意味は、コントロールされている以下の状態だと」。笑い話だけど笑えない話です。
4月から本格稼働を目指していた多核種除去設備(ALPS)は、非常に厳しい状況に置かれてしまいました。
「確認してから流す体制」がなければ繰り返される
この特集ページの最後に、汚染水処理の切り札として登場した「多核種除去設備(ALPS)」の今後について考えてみましょう。
話を分かりやすくするため、あえて「きれいな水」「汚染水」といった言い方をしていますのでご注意ください。(実際にはALPSで処理した後の水にも放射性物質が残されていますし、前記のとおりトリチウムは極めて高い濃度で含まれており、そのままの状態では海に流すことも、蒸発させて減容することもできません)
その装置は、放射性物質を薬品で沈殿させたり、さまざまなフィルターなどに吸着させることで、汚染レベルを1000万分の1に低減させる機能を持っていた。
しかし、62種類もの(本当は63種類だったが、いかなる科学技術をつぎ込もうとも、どうしても無理な1つは諦めた上での残りの62種類の)物質を分離するため、装置の中には2種類の沈殿用バッチプラントと14の吸着剤交換式の吸着塔、さらに2基の処理カラムなどがあり、極めて複雑な構造になっていた。度重なる故障や不具合、吸着剤交換のための運転停止、さらに世界で初めてつくられた装置だからこその試行錯誤もあり、運転効率はお世辞にも高くはなかった。
しかし、それは装置を計画した時から織り込み済みで、そのため装置は同じものが3系統用意された。1つがダウンしても他2つで運転を補う。その繰り返しの中で運転のノウハウはもちろん、装置そのものの完成度を高めて行こうという、いわば「走りながら育てる」式で造られたのがこの装置だった。
この装置のボトルネックは、トラブルが多い、完成度を高めるだけの時間的余裕がないため改善・改造が限られているといったことばかりではない。
最大の難問は、この装置の浄化実績を測るのに時間が掛かるという問題だった。温度や流速ならば測定する機器を差し込んで計ることができるだろう。しかし、多核種の放射性物質をしっかり取り除き、きれいな水にすることに成功したかどうかは、複雑なプラントそのものである装置の出口側から吐き出される水をサンプリングし、時間をかけて分析しなければ判明しない。
きれいな水をつくる装置にとって、これは宿命ともいえる困難だった。
とくに、装置を造った人たちがもっとも気にしていた物質のひとつ、ストロンチウム90を正確に分析するためには数週間という時間がかかるのだ。
(自己引用)
そこで、装置を造った人々は「全ベータ」を計るという方法を思いついた。全ベータの計測ではどんな核種が存在するかは分からないが、ベータ線の総量をカウントすることができる。(それでもアルファ線、ベータ線、ガンマ線など多種ある放射線の中でのひとつのグループについてのことであることに注意)
ベータ線量が十分低ければ、ストロンチウム90のように分析に時間を要する核種も含めて、十分にきれいな水であると考えることにしたのだ。
それでもまだ分析には時間が掛かる。今回発覚した事故では、3月17日に採取されたサンプルが実は汚染された水だと分かったのは翌3月18日になってからだった。その間、汚染水は装置からサンプルタンクへ、そこからさらに配管の中を汚染しながら運ばれて、1kmから2kmほど遠く離れたJ1という場所に造られた真新しいタンクの中に移送され続けた。
よく言われることだが、放射能による汚染は目耳鼻口食感のような人間の五感では感知できない。汚染水というと濁っていたり、どろどろしていたり、臭かったりというイメージもあるが、この装置から出てくる水は、見た目はまったくきれいな水にしか見えない。
ここは重要なポイントだ。
突き詰めれば人為的なミスということになるかもしれないが、見た目にはまったくきれいな水が、おそろしい汚染水であるということを感覚として知覚する能力が人間には備わっていないのである。
今後もトラブルが発生することが考えられる装置を使う上に系統が増えて不具合が発生する確率は上がり、しかも見た目では区別がつかない汚染水をパージ(排除)する方法なんて、いくら考えてもひとつしかないように思われる。
◆ 処理後、装置から出てきた水はいったんタンクに貯蔵する。貯蔵された水は分析に掛け、きれいな水になったことが確認されるまではそのタンクの外には一切出さない。(タンクの名称などサンプルタンクでも何でもいい)
◆ タンクが満水になるたびに装置を停止させるのは効率が悪いから、一時的に貯蔵するタンクは複数用意しておく。もちろん全ベータなどの線量測定はできるだけ頻繁に行う。かつて、全ベータの値をストロンチウム90の線量値が上回るという計測ミスが続発したことに鑑み、サンプリングも分析も複数の専門スタッフが複数回行う。
◆ 本来なら核種ごとのデータがとれるまで、一時的に貯蔵したタンクの水の移送は避けたいところだが、それが難しいのであれば、移送先のタンクは詳細な結果が判明するまでの期間は1基ずつバルブで隔離する。
きれいな水と汚染水を見た目で区別することができないのであれば、サンプルタンク的なものでロッド管理するしかないだろう。重要なのはシンプルかつ厳格な管理。あとは入口水に色を着けるくらいか。
(自己引用)
きれいな水か汚染水か分からにものを、確認もしないまま流し続けるなど考えられないことでしょう。ALPSで働く東京電力の技術者たちは汚染水処理を仕事としているプロであるはずです。
であるにも関わらず、ALPSからアウトプットされる水を、3系統でサンプルタンクを共有し、チェック前の状態のまま新設したタンクに流すようなことが起きてしまう背景には、想像以上に厳しい現場の状況があるのかもしれません。
事実、汚染水から汚染物質を分離するのがALPSですから、共沈させたスラッジや吸着塔には高い濃度の放射性物質が集められている訳です。監視作業はできるだけ遠隔でという環境では、できる仕事とそうでない仕事ができてしまうのかもしれません。
また、汚染水処理の切り札とのプレッシャーから、正式稼働を急ぐ事情もあったのかもしれません。国が前面に立つと表明した後に示されたプランで強調されたのは、地下水を堰き止めて増強したALPSで汚染水処理を進めるというものでした。結局のところ、いくら国が前面にと言ったところで、できることは地下水バリアと溜まってしまった汚染水を可能な限り浄化することしかないのです。
これが現実です。
現状のままでは、同様の事故は繰り返し発生します。新たに追加で系統を増やしても、系統が増えればそれだけミスの確率は高まります。せっかくALPSを増やしても、間違って汚染水を送ってしまった移送先タンクの水を処理するために「ALPS循環」なんて愚にもつかない状況だってありうるかもしれません。結果として、原子炉建屋やタービン建屋の高濃度汚染水の処理が滞り、廃炉の工程が先延ばしにされていく――。
そんなことにならないように、多核種除去設備ALPSのB系の原因究明ばかりでなく、出口水の管理についても再考をお願いしたいと思います。
サンプルタンクと言いながら実はスル―。
この管理の在り方こそが源にあります。折しも地下水バイパスについて地元漁協の人たちとのやり取りがニュースとして伝えられていますが、地下水バイパスのシステムにも汲み上げた水を一旦貯めるタンクがラインに入るそうです。
サンプルタンクと言いながら実際にはチェック前に放出、なんてことになったら日本の漁業の問題のみならず、世界中を巻き込む大問題になることは間違いないでしょう。
いろいろ大変な状況はあるのでしょうが、しっかり確実に頼みます。
任せるしかない自分たちは、祈るとか念じるとか、そんな気持ちで見守っています。
廃炉するより他ない事故原発があるのだという意識の共有を。
事故を起こした原発の確実な廃炉を。将来世代に遺恨を残さぬ「正しい」処置を。
原発の事業者は国が責任を肩代わりすることを願い、国は実作業のすべてを事故原発の事業者にゆだねているように見えてしまう、崩壊した関係性の修復。原発最大のステークホルダーである地域の人たち、地域を追われた人たち、そしてこれまで何割かであっても原子力で発電された電気を使ってきた日本中の人たち。
みんながステークホルダーだという意識を、
日本人みんなで作って行かなければならない。
文●井上良太
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