息子へ。被災地からの手紙(2013年3月9日)

iRyota25

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2013年3月9日  宮城県石巻市狐崎浜&蛤浜

いろんなことがつながっていく。ちょっとした予定変更から、サークルが大きく広がっていく。

それは去年の秋のこと。レジリエンスバーでたまたま知り合ったケースケさんに「蛤浜プロジェクト」のことを聞いた。蛤浜は以前から行きたかったところ。でも手だてがなかった。ぜひ参加してみたいとお願いした。翌月、石巻を訪れた時、ちょうど蛤浜を復活させるためのイベントがあるからと話をつないでくれた。

しかし、予定していた日の天候が悪くて一回延期。次の候補日も悪天候で延期。三度目の正直になるはずだった日も中止。そして、別の場所で活動している人たちがいるからと紹介してもらったのが、今日行ってきた狐崎浜だった。

「狐崎浜」。珍しい名前だから、もしかしたらお前も覚えているかもしれない。いまから1年とちょっと前、石巻や女川からオーミさんやヒガキさんたちを招待して、父さんが所属するNPOでシンポジウムを開催した時、女川のアオキさんが持ってきてくれた牡蠣の産地だ。「こんな牡蠣食べたことない」と、家に帰った後も興奮してしゃべり続けていたもんな。

その狐崎浜だ。変更は残念だったが、父さんにとっては是非モノだった浜。しかも、行ったら海底のダイビング調査の同行取材として船に乗せてもらえるなんていう。自分が潜るわけじゃないけど、わくわくした。

そしてその時、漁師のカンノさんの船で連れて行ってもらったのが、杉刈という名の小さなビーチ。漁港から岬の先端に向かって走って、少しだけ外洋の荒波を越えて、神秘的な岩島を左に迂回した先に、まるで「秘密のビーチ」のような白砂の浜辺が隠されていた。

このビーチに埋まったがれきを掃除しようというのが、父さんが今回参加したボランティア活動の狙いだったのだ!

すごいだろう。こんなにつながっていくんだぞ。

しかも、まだ先がある。

今回のボランティア活動は2日間のプログラムだったので、希望者は浜の施設で宿泊することができた。もちろん父さんは宿泊組。以前にも行ったことがある狐崎復興漁業組合の小屋を借りて宿泊地にするもんだと思い込んでいた。ところが、活動の直前になって分かったことだったんだけど、宿泊先は蛤浜というアナウンスがFacebookに乗って流れてきたんだ。

蛤浜の活動から始まったことが、狐崎浜につながって、さらにまた蛤浜に戻ってくる。

震えが出たよ。実はさらにそこから先が広がっていくんだけど、そのお話は次回出張時ということで。

広がっていった先でつながっていくたくさんの人たちのことが、大好きになっていくのを自分の中で感じること。これって、大感動なんだよ。

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