【復興支援ツアー2015】《リポート》 防災を学び伝える旅 by kozaitsu

この日もセラミカ工房の代表者である阿部さんは仙台へ出張だとのことでお会いできなかったのですが、スタッフの方といろいろお話することができました。

セラミカ工房の方にこの駅前プロムナードの商店街『シーパルピア女川』についてお話してくれました。
「このシーパルピア女川は女川駅と海をつないでいて、元旦に駅から海を見ると初日の出が拝めるのですよ。」
なかなかこった演出をしています。
お正月女川に来たらぜひ初日の出は女川駅から眺めてください!
女川港から上る素晴らしい初日の出が拝めます。

どこかのリゾートのショッピングモールのようなおしゃれな『シーパルピア女川』は人口流出防止の目的もあるということで、三陸の新しい観光名所になることが期待されます。

また、駅前にはゆぽっぽという温泉施設があり、たった500円で女川温泉が楽しめる癒し空間となっています。

今回特に悔やまれるのがこのゆぽっぽにゆっくりつかる時間がなかったこと!

温泉前のお土産やの床暖房と美しい白木の建物だけでも十分癒されましたが本当に残念!
次回こそはゆぽっぽでゆっくりあったまって商店街でお買い物三昧♪

女川と石巻をつなぐ石巻線の駅舎です。
次回はぜひ石巻線で沿線の風景を楽しみたいです。
『石巻線に乗って女川へ行こう♪温泉入って海ご飯食べておちゃっこして♪』
なんてどこかJRのコマーシャルみたいなフレーズが頭をよぎりました。

女川駅を覗いていると空から白いものが…
雪です!名残雪なのでしょうか。しかも大量の雪が降ってきました。
雪を見ることがめったにない温暖な土地生まれですから、雪道のドライブはまったくしたことがありません!
急いで車に乗り最終目的地の『がんばろう!石巻』の看板へ向かいました。

『がんばろう!石巻』の看板につくとすでに3時を回っていて、なにやら作業着を着た方たちがお話しているのが見えました。

2年前に訪れた時にはなかった「つなぐ館」が人の気配が。
平日は開いていないと聞いていたのに…

中に入ると複数のメディアが取材に来ていて看板の発起人の黒澤さんを囲んでいました。

実は4月11日のその日は『がんばろう!石巻』の看板は看板が設置された5年目にも当たる日で、しかも周辺道路の整備のために元の場所から100m南に移設されていたのです。
インタビューに応える黒澤さんを横目に、看板設置チームの一人の方にお話をお伺いすることができました。

宮城県も静岡と同じく地震のメッカで1978年に宮城県沖地震で震度5強、1994年に三陸はるか沖地震で震度3等たびたび地震がおこっていて、静岡県以上に避難訓練が行われていたということです。
この地震が昼間おこったので、避難訓練を迅速に行った人だけが助かったとも言っていました。

設置直後の『がんばろう!石巻』の看板
2代目看板の門出を祝って爽やかな芳香をはなつ黄水仙が看板を鮮やかに彩ります。

設置当時の『がんばろう!石巻』の看板です。
震災から1ヶ月目に発起人の黒澤さんの自宅に看板が設置されました。

看板を設置された方と最後にこんな話になりました。

「最近浜松の沿岸で深海の地震があって、静岡は揺れなくてなぜか埼玉が揺れたんですよ」
「あ~そいう妙な揺れやばいんですよね。そろそろじゃないんですか?」
私がやっぱりかあと苦笑いしていると
「そっちで起こったらすぐに助けに行きますよ」
とさわやか(?)に言ってくれました。

本当に頼りにしてますよ!お願いしますね!

お互い地震の多い地区の育ち。これからも助け合っていきましょう。
そのためにはがんばっている石巻をもっともっと応援しなくてはなりません。

『がんばろう!石巻』の看板の地図

image.jimcdn.com

旅の終わりに最終目的地の日和山に登ってみました。

2年前の東北応援ツアーのスタート地点です。

前回は市役所裏手を車で駐車場まで登りましたが、今回は門脇側から階段を使って頂上を目指します。
が、この階段の急なこと!足が弱い方はかなりきびしい!

途中斜めに登れる緩やかな階段でゆっくりと上ると頂上に到着。
そこで待っていたのは先ほどのNHKの取材班で、日和山から見下ろす門脇地区の風景を撮影していました。

階段を登り切ると先ほど渡った日和大橋が遠くに見えます。
桜の名所として名高い日和山。
2年前訪れたGW頃は八重桜がきれいでした。
5月中旬からツツジが見頃を迎えるようです。

2年前の東北応援ツアーはここが出発地点でした。
三陸の南を防災を考えながら巡る旅のゴールです。

あれから5年たちました。
女川駅前だけが驚異の復興を遂げましたが、その他三陸沿岸部はいまだ土地の整備の途中です。
町を再建してそれで復興が完了なのか?
現地の方たちが今一番必要としているのは何か?
復興の先に待っているものはなにか?

あれから5年。たった5年。
復興も次のステージに移行しなくてはならない時期なのかもしれません。

【まとめ】防災について

今回の旅で得た防災の心得をまとめてみました。

1 地震の揺れでパニックになり実際には考えることができないので、最悪の場合どう逃げるか様々なパターンのシミュレーションしてみる。
2 避難時はリスクを自ら負わない。すこしでも安全な避難経路を確保する。
3 自分の命は自分で守る。また、必ず生き残ると信じて逃げる。
4 津波や地震は1回で終わるものではない。避難先でしばらくは待つこと。
(せっかく避難したのに避難後すぐに家に戻って亡くなった方も多い。津波は夜中まで8回も続いた。)
5 避難する際は孤立する可能性のあるビルなどは避け、人が集まりやすく2次避難のしやすい場所を選ぶこと。
6 津波から逃げる際は最低4回以上の高さのところでビルの場合は鉄筋コンクリートの建物に逃げる。
7 避難所に燃料がなかったので苦労した。これからは避難所に燃料を備蓄すること
8 川周辺は津波の被害がすさまじいので避難は迅速に
9 とにかく水!水の確保を最優先に
10 5日間は自活できるように食料や燃料を備蓄しておくこと

これだけではまだまだ足りないのかと思います。
今回は地震や津波の防災がテーマでしたが、豪雨等その他の災害についての防災も考えながら自分に最適な防災計画を考えていきたいと思います。

追記

実は旅から3日後に熊本と大分で大きな地震がありました。

まさか九州で地震なんて!九州での地震なんて聞いたこともない!
と、地震発生直後驚きました。

本当に地震はいつ来るかわかりません。
まさか今日大きな地震が起こるなんて!
と思わないよう出来る限りの備えをしたいと思います。

それにしても今回の熊本地震でわかった余震の怖さ。
震度5強という大きな余震が何度も来ては、どんなに頑丈な建物でもひとたまりもないでしょう。
避難所に想定されている建物や市町村の役場など、さらに頑丈なつくりにする必要があります。

熊本地方で大地震により被災された皆様に深くお見舞い申し上げます。
大変困難な状況に陥ることを余儀なくされた多くの方くれぐれもご自愛ください。

また、被災地等で復興活動に尽力されている方々に敬意を表しますとともに、皆様の安全と1日も早い復興を心よりお祈りいたします。