石巻市の中心市街地で再開発計画の白紙撤回が相次いだ。JR石巻駅方面から新たな人の流れをつくることが期待されていた北上川に近いエリアの再開発計画が頓挫した時には、地権者のみならず町の多くの人から失望の言葉が漏れた。
なぜなら、計画が撤回されたのは20数人の地権者のうちわずか1人の反対が原因だったからだ。この再開発事業は国の復興交付金の基幹事業で、従来の条件が大幅に緩和された上、補助率も5分の4に引き上げられるというたいへん有利な話だった。
かつて昭和の時代には、石巻の中心市街地は繁栄を極めていた。道のお向かいの店が見えなかったほど、とまで言われるほどの人出があり、石巻市のみならず周辺地域からも多くの人がショッピングや食事に集まってきていたらしい。しかし、駐車スペースを確保した店舗が郊外に出店するようになってから客足が遠のいた。全国でシャッター商店街と呼ばれる場所と同様だ。ここ20~30年の間に活気はどんどん失われていった。だから、個々に店舗を再建することに限界を感じている地権者にとっては、一部9階建ての複合ビルに店舗や自宅、さらにスーパーや公営住宅、駐車場などが整備されるこの再開発計画は希望の星とでもいったプランだった。再起に向けての最後のチャンスという話まで聞かれた。
それが、1人の反対で頓挫したのだ。地権者全員の同意が前提の事業とはいえ、さぞや反対した人への反発は強いのではないかと思っていたのだが、石巻で商店を営む知人に話を聞いてみるとそうでもないらしい。現在は仮設商店街に入居しているが、元の店舗の地域が再開発計画の対象という男性は、「白紙撤回してよかったんだよ」と言った。
実は彼の店舗があるエリアの再開発計画も相前後して白紙撤回されたのだという。シャッター商店街を再起させるチャンスと言われていたのになぜ計画が白紙になってよかったというのか。
「(最初の白紙撤回の原因となり新聞にも取り上げられた)あの人のいう通りなんだよね。もともとシャッター街だったところに、国がたくさん補助してくれるからって大きな施設をつくったところで、お客さんが戻ってくるとは限らない」
神戸の長田地区の再開発ビルが失敗したことも大きな教訓だという。
「長田は震災前にはまだ商店街として機能していた。それでも失敗したんだ。石巻ではもっとハードルが高いんじゃいかな」
補助金ありきで大きな計画に飛びつくことに彼は懐疑的だった。いやむしろ否定的だったというべきか。
「ハコモノをつくることよりも、どうすれば商売がうまくいくのか、それぞれが真剣に考えてアイデアを出していくことが先決なんじゃないかな。大きな施設を建てました、でもお客さんは来ませんでしたでは、何のための再開発かってこと」
再開発計画のプランニング段階で、大手建設会社や大学教授など外部の人からパッケージとして計画が示されたことへの違和感もあったとも言う。最初のボタンの掛け違いが尾を引いた面もあったのかもしれない。自分のお店を自分で再建するという強いモチベーションを持っている人と、必ずしもそうでない人の不協和音もあったかもしれない。
被災地ではかさ上げ工事に引き続き、これから新しいまちづくりが本格化していくことになる。街区がある程度残された状態からの再開発計画だった石巻の中心市街地は、女川や陸前高田のように町がほとんど失われてしまった場所とは異なり、むしろ珍しいケースかもしれない。しかし条件は異なっていても、まちづくりの基本が地権者のやる気であることは、他の地域にも共通する大きな課題であることは間違いないだろう。
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