アートなプロジェクトで聞いた農家のおばあちゃまの話

iRyota25

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被災地の仮設住宅で行われたアートなプロジェクトのお手伝いに行った時のこと。陸前高田市にあるその仮設住宅は、震災後早い時期に建てられた仮設だったため、住居とは別棟の集会所がなかった。集会所として使用しているのは空き家になった普通の仮設住宅のひとつ。間取りは和室二間とキッチン。でもエアコンがあるのは一部屋だけ。この夏で一番暑いかもとの声も聞かれたその日、それでもエアコン付きの一部屋に15人以上の人が入って、エアコンが効かなくなるくらいの熱気の中で、マスコット作りのワークショップが行われた。

仲良し三人組のおばあちゃんが、お揃いのハートのマスコットを作ったり、夏休みの小学生が布やモール、それに薄いネットのような素材を使ってユニークなクワガタムシを作ったり、プール帰り(仮設住宅は小学校のグラウンドに建てられたため、住宅のすぐとなりにプールがある)の子どもたちがやってきて、お茶だけ飲んでわいわい楽しく騒いでいたり……。小さな仮設住宅は立錐の余地もない賑だった。

そんな中、玄関先に立ったまま、お茶をのんだり、連絡員さんたち(外部のボランティア団体と地元をつなぐ役割の人たちで、イベント開催時にはお茶のお世話をサポートして頂けたりする)とニコニコおしゃべりしているおばあちゃんがいた。スタッフや連絡員さんが「どうぞ中へ」と誘っても、にこやかに「私はいいのよ」と立っている。そのうちに「ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど」と声をかけられた。

質問はワークショップで作っている立体的なオブジェの作り方のことだった。初めて手伝いとして参加した自分には答えられる話じゃなかったので、中に入って一緒にやってみましょうと誘うと、

「私、足が悪くてね。座って何かするってことができないのよ」

とのこと。参加はできないけど興味がある。足が悪い自分が中に入ると他の人に迷惑になるからということなのか。時々背中をとんとんと仮設住宅の薄い壁に当てたりしながらいろいろと話してくださった。ある時は問わず語りに、またある時はキャッチボールしながら。(連絡員さんもスタッフもみんな忙しいので、いちばん不慣れな自分が話し相手をさせられたということなのかもしれない)

うちは農家なのよと言う彼女はとても理知的で、かつチャーミングな考え方をする女性だった。農業は実りの時から計算して、いつどんな作業をする、いつ苗を植えるといった計画をしっかり立てつつ土と関わっていく技術者だと、福島や宮城の農家の方から教わっていたので、立体オブジェをどのように頭の中で設計するのかという問いを立てた彼女がどんな方なのか興味深かった。

「トマトはね、うまく育てるとどんどん枝を広げて、他の作物を邪魔するくらいに伸びる力を持っているんです。だから1本からどれくらい収穫できるかも、農家としての楽しみなところなんですよ」(実際にこのような感じで話される方でした)

「だけどトマトは、とても可哀相な作物でもあるのですよ。トマトの花はね、いくつか同じ方に並んで咲くのだけれど、そのままだと大きな実にならないから、花のうちにひとつを残して摘まなければだめなのね。つまりね、おいしいトマトは子供のころに兄弟を殺されているっていうことになるのよね」

話の内容も組み立てながら話しているのだろうかと思うくらい、彼女のお話は面白かった。ずっと相手を立たせたままなのを忘れてしまったほど。椅子もお茶も進めなかったほど。とにかくずっと聞いていたかった。

「私たち農家はね、こうして仮設にいても畑のことが気になって仕方がないものなの。外に出るでしょ。こうして空を見ると、畑はどうなんだろうって考えちゃうのよね。だから毎日畑まで歩いて行って…」

畑がどの辺か尋ねると、仮設住宅から1キロ以上離れた場所。歩いて20分以上かかる場所だった。

「だからね、時間がもったいないの。行き帰りで40分から50分、荷物があると1時間近くかかるでしょ。それにね、朝行って夕方帰るってことではないんですよ。家のこともあるからだいたい毎日2往復。そうするとね、ほんとうに畑では時間がなくて。それに、いまは足を悪くしてしまったから自分の畑まで歩くのも大変なので、タクシーを使うんですよ」

と、彼女は溜息をついた。ままならないことがいっぱい詰まったため息だった。家も畑も流されたこと。塩を被ってしまった畑でも育ってくれる作物から、少しずつ作って作物の種類を増やしていった苦労。仮設住宅から自分の畑に行くのにタクシーまで使わなければならないこと。

けれども、明るくチャーミングなだけではない芯の強さが、彼女の次の言葉から伝わってくるのだった。

「足がこうなっちゃうと、もう屈んで雑草を取ったりすることもできないから、立っていても作業できる作物に変えようと思っているんです。なんだか分かりますか?」

彼女の畑に今はトマトやキュウリが実っているのはお話から分かっていた。でも夏の終わりのこの時期から作る作物ってなんだろう? 大根も白菜も冬の野菜は屈んで作業することが多いもののような気がする。まったく想像もつかない……。しかし彼女の答えは、「想像がつかない想像」をさらに凌駕するものだった。

「ひまわりを蒔こうと思っているんですよ。ご存知かどうか、ひまわりにはね50日とか60日とか開花までの期間でいろいろな種類があるんです。夏の今から始めれば、寒くなる前にひまわりの花を咲かせることができるでしょ」

畑一面に咲くひまわり。その絵が頭のなかに降ってきた。

背丈を超えるようなひまわりに囲まれて、おばあちゃまがニコニコしてながら立っている絵が降りてきた。

そんな時期に、また会いたいなとつくづく思った。
ひまわりは夏の日差しによく似合う。でも秋のひまわりもなかなかなものだろう。

仮設住宅の集会場の玄関の外には、肌を炒るような真夏の日差しが輝いていた。グラウンドが仮設団地と駐車場に変貌して早4年。砕石が敷かれた元グラウンドにプール帰りの子どもたちの歓声が響く。子供の頃に灼熱のような日差しを浴びて育ったら、きっとおばあちゃまのひまわりも立派に花開くにちがいない。

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