今朝、電車でとなりに座っていた男子高校生が、スマホを見詰めながら泣き出した。
同じ気持ちだったのかもしれない。今日は3月12日。
東北の声を今朝あらためて抱きしめた。
(この日、こころに響いた言葉を、引用して紹介させていただきます)
井上良太
永沢康一さん(大船渡・3月12日)
おはようございます(^o^)
薄曇りの朝を迎えています。
只今-1℃ですが無風の為暖かく感じます。
震災から4年目の初めての朝。
思い出したくないけど。
やはり思い出してしまいます。
当時の事を。
忘れず。
語り継ぐ。
その役割が私達にはあるんだと。
先を。
まだ見えない先を。
それでも前に。
前に進まなければならない。
情けない背中は見せられない。
未来ある子供達のために。
がんばろう。
イシノマキタチマチさん(石巻・3月12日)
石巻立町復興ふれあい商店街のブログを担当するasami_tachimachiさんが、3月11日の「祈りの風船」の様子を写真で紹介しました。
0312 3年目。
昨日で震災から丸3年が経ちました。
石巻では14:46にサイレンが響きわたり、ふれあい商店街でも海に向かって1分間 黙祷させていただきました。
そして、祈り・希望・感謝...それぞれの想いを載せた風船が、今年も空高くのぼっていきました。
昨日迎えた3年目の3月11日、ふれあい商店街でも各店スタッフや来ていただいていたお客さん全員で黙祷させていただきました。
朝、陽が昇ること。
ちゃんと目が覚めること。
「おはよう」が言えること。
美味しいごはんが食べられること。
お仕事や学校に行けること。
笑いあえること。
ケンカしあえること。
涙を流せること。
「ありがとう」と「ごめんね」が言えること。
お風呂に入って温まれること。
お布団にくるまって眠れること。
月が昇り、輝く星が見れること。
たくさんの別れに悲しんで、
たくさんの出会いに喜べること。
全てのことを大切に思いながら、いつもと変わらない日常を歩んでいきます。
asamiさんのFacebook
川原尚行さん(スーダン・3月11日)
震災から三年、閖上の方々が作られたロウソクに火を灯して、スーダンから手を合わせて祈りました。 — 場所: Khartoum Rayad
NPOロシナンテス理事長で医師の川原尚行さんのハルツームからのメッセージです。
Kyoko Katayamaさん(越喜来・3月12日)
Warm Bonfire & Light for A Hope 追悼と希望のかがり火と灯篭 in Okirai (写真64枚)
3.11 Memorial Lantern & Bonfire Gathering in Okirai was very successful. My town is small and the lantern decoration was not as big as other places. However, the big bonfire warmed us up and united our heart.
越喜来(おきらい)で行われた追悼と希望の灯篭上げ&かがり火の集いは大成功。明かりは少なかったけど、小さい町の小さな集まりは、大きなかがり火で心があったまった。
「小さい町の小さな集まりは、大きなかがり火で心があったまった 」
空気の冷たさ、かがり火やみなさんのぬくもりが伝わってくる…。
太田将司さん(被災地ではなく東松島市・3月11日)
皆さん憶えておいて下さい。
ボクがいるのは「被災地」ではなく、
宮城県東松島市。
ボクは、ここにいます。
ボクは「被災地」じゃなくて、東松島市で頑張って生きてます。
大嶋一馬さん(名取・3月11日)
NPOロシナンテスの大嶋さんは、名取市閖上の日和山から、かりゆし58の歌詞に想いをのせてのメッセージ。
もうすぐ今日が終わる
やり残したことはないかい?
親友と語り合ったかい?
燃えるような恋をしたかい?
閖上 日和山にて — 田地野 茜さん、他2人と日和山@閖上にいます。
勝又三成さん(南三陸・3月11日)
僕らには 本物の仲間達がいる。
人のことを第一に大切に想える人達。
ありがとうしか 言葉がみつかりません。
一緒にいてくれてありがとう。
応援してくれてありがとう。
仲間でいてくれてありがとう。
弱った時守ってくれてありがとう。
支えてくれてありがとう。
沢山のありがとう。
心の奥から ありがとうしかありません。
忘れない。
忘れたくない。
3/10 3/11 で 骨55本
遺品 沢山見つかりました。
日本全国 世界から
想いが一つに集まったからだと思ってます。
福島原発で震災直後からがむしゃらに働く人達まで 今日は仕事やすんで南三陸にきてくれて 一緒に活動しに来てくれました。
まだまだ大変な福島をはじめ被災地
周りを大切にし
お互い様の精神で 互いに尊敬し合い
亡くなった方々を想い
少しづつ進んで行きたいです。
ありがとうございました。
23:30 フジテレビ ニュースジャパン
今日の捜索活動 見てください。
岩村茂幸さん(雄勝・3月11日)
2012年3月11日は津波をかぶった雄勝中学校の校舎で黙祷した。
2013年3月11日は石巻最大の避難所だったビックバンでの慰霊祭に参列した。
2014年3月11日の今日は、ひとりで雄勝湾を眺めながら黙祷した。海を見ながらその瞬間を迎えたいと思った。
土居章敏さん(閖上・3月11日)
もうすぐ三年。
神奈川の中井町にある会社の6階で異様な縦揺れを感じ、近くの職場消防隊員に゛避難指示゛と言った。
半分は、冗談のつもりだった。
そして、横揺れが来た。
机が左右に大きく動き、書類やファイルが、飛んだ。
パーテーションや壁面書庫が倒れた。
階段の壁も落ちた。
誰もが、東海地震だと思った。
パソコンで見た震源を誰もが信じなかった。
携帯画面の津波情報の東北の数字が10m以上に変わった。
家に戻っても、テレビの前から離れられなかった。
あれから三年。 — 場所: 日和山@閖上
日和山
名取市閖上地域
岡田昌人さん(浜松市西区・3月11日)
……黙祷したいと思うので、協力できる者はしてください。
朝、教室に入るといつも通りのざわめき喧噪笑い声。だけど何かが違っていた。ふと、思いついて、そう言ってみた。すると、急に風がやんだ水面のように、一瞬のうちに完全な静寂が訪れたのだ。
ああ、やはり、そうだったのだ。彼らも、心のどこかで求めていたのだ。今日という一日を始めるための、きっかけを。今日、3月11日。
クラス一の優等生で、テスト前には人気沸騰するM男君はもちろん、そのM君と幼稚園から一緒の、入学時のネコをかなぐり捨てて、最近爆発的に堕落度を加えつつあるA君も、弱視もなんのその、何度顔面で捕球しても絶対野球やめるといわないW田君も、「先生がいたから学校やめずに一年我慢しただに。来年も担任してくんなきゃ、うちどーなるか知らんからね」と大人を恫喝しにかかるS美さんも、「要はテストできりゃいいだら、テストできりゃ」といって、授業の70パーセントは睡眠学習、だが現にM君に次いで成績の良い、こ憎ら度マックスのサッカー少年R君も、夏は暑さのせい、冬は浜松名物の空っ風のせいにして、絶対に寝坊のせいだとは言わない今年度ミス遅刻のMNMさんも、この学年一退廃的なクラスで、周囲に流されず、一学期から変わらぬ誠実さを保ち続けているが、残念な筆跡のため、今一つ信用されないIT君も、提出期限切れの書類をいつ出すのか尋ねたら、来週と答えたので、そんなに待てるかー、と言ってわけを聞くと、学年末テストがあまりに悪くて、今週二つも再テストがあるのでその勉強しなきゃいかん、と急にしおらしくなって、哀れを催したので、じゃあ、来週まで待ってやるよーという答えをまんまと引き出したAYさん・・・
誰一人として、この静寂を乱すものいなかった・・・息遣い一つ感じられない、この、しじま・・・いつまでも、いつまでも続けたい、続いてほしい、この平和な、深い、ひと時、一年間ともに暮らし、何をしたわけでもない、何もしようとしなかったこの担任だけど、間もなくこのクラスも終わりやけれど・・・
祈りにも似た、このわずかな時間。黙祷の後、胸がいっぱいで、クラスへの朝の連絡事項は、うまく言えなかった。被害をこうむったのは、クラスの連中だった・・・ごめん。
那須野公美さん(東松島・3月11日)
2014年3月11日14時46分。
会社の駐車場で黙祷を捧げました
風が冷たい、まだまだ東北は寒い
今日の青空
空はどこまでも繋がってる
みんなの想いもこの空と同じく
きっと繋がってる、そう願いたい
那須野公美さんのFacebook
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