スリランカ旅行記 Vol.2 ~ベンツをヒッチハイク (その3)~

シルヴァ(※)と共に店を後にする。

宿に帰ろうかと思っていたが、シルヴァが家族を紹介するからうちに来いと言う。

海外で知り合った人の家に遊びに行く際に、一番気になるのは安全面だった。その人が信頼できる人間かどうか。中には、睡眠薬を飲ましてお金を盗んだり、別の場所に連れて行き、強盗を働くということもあるらしい。

しかし、これまでのシルヴァを見ていて、彼なら大丈夫だろうと思った。これで騙されるのなら、自分に人を見る目がなかったんだと何を盗まれても、諦めることができそうだった。

宿に戻る前にシルヴァの家に行くことにした。

シルヴァの家は、ダンブッラの中心から車で15分程の所にあるとのことだった。

彼の家に向かう途中、世界遺産であるダンブッラ石窟寺院があった。石窟寺院の前を通り過ぎる際、それまでふざけた話しかしていなかった彼が、急に真面目な表情になり、運転していたハンドルから手を離したかと思うと、両手のひらを上に向けた状態で、肩の高さまですっともってきて、額を手のひらすれすれに近づけて拝んだ。

一瞬の出来事だったが、彼の意外な一面を見た気がした。その行動から彼の敬虔さと誠実さが伝わり、彼を信頼して間違いないだろうと改めて感じた。


石窟寺院から5、6分程行くと彼の家があった。家では、小学低学年くらいの少年が遊んでいた。シルヴァの息子さんだった。僕が車から降りると、彼は家の中に隠れてしまった。

シルヴァは笑った。そして、家に入ると隠れた息子さんを連れてきた。
僕はゆっくりと自己紹介した。彼も恥ずかしそうに自己紹介をしてくれた。

自己紹介が終わると、彼はすぐに近くにあった自転車のところに駆け寄り、照れ隠しをするかのように、敷地内を自転車で勢いよく走り回り始めた。

シルヴァは僕を家の中に案内する。

開けっ放しの玄関のドアを入るとすぐに居間になっていて、彼の奥さんと娘さんがいた。奥さんはシルヴァとけんかでもしているのか、入った瞬間は不機嫌そうな顔をしていたが、僕を見ると、すぐに笑顔を見せてくれた。

自己紹介を済ませると、シルヴァは隣の部屋に案内してくれて、今日はここに泊って行けと言った。

泊りたいと思った。

しかし、荷物は宿に置きっぱなしで、明日は早朝に出発するつもりだった。スリランカで行きたい場所はいくつもあったのだが、短期旅行なので、訪れる場所を最低限に絞り、日程いっぱいに詰めこんでいた。

迷ったが、僕は、泊めてくれるという彼の申し出を丁重に断ることにした。

彼は残念そうだった。居間に戻って、奥さん、娘さんも一緒に4人で話をしていると、1人の青年がシルヴァを訪ねてきた。

シルヴァは青年を紹介してくれた。青年が来ると、シルヴァ、青年そして僕の3人は、イスを持ち出して、庭にある木の脇に移動し、そこで話し始めた。

どうやら、青年はダンブッラに向かう途中、シルヴァの携帯に電話をかけてきた人物で、僕がシルヴァに教え込まれた下ネタ用語を言っていた相手だった。僕は、
「シルヴァに無理やり言わされたんだ」と、言い訳をしておいた。

あたりは薄暗くなり始めていた。蚊の襲撃を受けるが、大分、過ごしやすい気温になり、心地よかった。日本から遠く離れたスリランカの一般家庭でこのように話をしていることがなんだか不思議に感じられた。

庭に移動してすぐに、シルヴァは車を返してくると言って、ベンツをホテルに返しにいった。ホテルはシルヴァの家のすぐ近くにあり、目の前の道路にでると、見ることができた。看板に星マークが3、4つ付いていそうな自分には縁がなさそうなホテルだった。

僕は青年と2人で話をしていた。彼は、数か月前に大きな交通事故に会ったとのことだった。九死に一生を得たような激しい事故だったらしい。しばらくは仕事ができなかったようだが、その間、シルヴァにかなりお世話になったと言っていた。

シルヴァは、20分程で車を置いて戻ってきた。

彼も加わり、再び3人で話す。
「そういや、ダンブッラに来る車中で、シルヴァに卑猥なスリランカ語を無理やり教えられて言わされていました。と奥さんに告げ口するのを忘れてたよ。」と言って、立ちあがる仕草を見せると、シルヴァは車中同様、血相を変えて

「絶対にダメだぞ。」と慌てた様子で言った。

その後も時折、冗談を交えて、たわいもない話をしていたのだが、あたりがもう暗くなっていたので、僕は頃合いを見計らって、
「そろそろ宿に帰るよ。」とシルヴァに言った。シルヴァは

「やはり、泊って行かないのか。」ともう一度聞いてくれた。

「泊っていくよ。」と答えたかったが、彼は良くても、彼の奥さんがどう思っているかわからないし、短期日程、宿に残してきた荷物のこともあり、後ろ髪を引かれる思いで断った。彼は、残念そうな表情を一瞬見せたが、すぐに笑顔で、

「わかったよ。ホテルまでの車を捕まえてやるよ。」と言って、家の前の道路に僕を連れて行った。そして、

「この道路で待っていれば、知り合いが誰かしら通る。そいつにホテルまで送らせるから、心配するな。」と言うと、やってくる車をじっと見ていた。

陽は完全に落ち、あたりは暗く、車はヘッドランプを点灯して走っている。
まわりに街灯は一つもなかった。こんなに暗くて友人の車かどうかわかるのだろうかと疑問に思ったが、彼に全てを任せておいた。

車は頻繁に通るのだが、シルヴァの友人はすぐには通らなかった。それでも、しばらくその場で待っていた。

すると、一台の路線バスがやってきた。

彼はそのバスを停めた。そして、バスの乗降口に僕を連れて駆け寄ると、ドライバーに話かける。

どうやら、ドライバーは彼の友人らしかった。スリランカ語は分からなかったが、

「こいつは俺の友達だ。ヘルシー・ツーリンスト・インの前で降ろしてやってくれ。お金は取るな。」

ということを彼が言っているだろうということは、間違いなかった。ヘルシー・ツーリンスト・インは僕が泊っている安宿の名前だ。

それにしても、友人の乗用車を停めるのかと思っていたら路線バスを停めたのには驚いた。さすがはシルヴァ。バスの運転手は、

「わかったよ。いいよ。乗りな。」という仕草をした。シルヴァは、僕に

「彼がホテルの前で降ろしてくれる。お金はいらない。」とだけ言った。

僕は、シルヴァに握手をして、バスに乗ると、席には座らず乗降口に立った。

そして、乗降口に立ったまま、手短かに、しかし、できる限りの感謝の気持ちを込めて、シルヴァにお礼を言った。

もう一度、強く握手をする。

そして、片手をあげて別れの挨拶をすると、バスは走り出した。

開けっ放しの乗降口から身を乗り出して、彼を見る。あたりは真っ暗だった。けれども、車のヘッドライトに照らし出された彼のシルエットがあるのがわかった。シルヴァはバスが見えなくなるまで道路にいた。

彼のシルエットが見えなくなると、ぽっかりと心に穴が開いたようだった。もっと、下ネタでもいいから冗談を言っていたかった。

シーギリヤの道端で出会い、車に乗った直後は、あまりいい印象ではなかったシルヴァ。それから数時間後、まさか彼との別れをこんなに寂しく感じるとは思いもよらなかった。

「不思議なだな。」と思った。

バスの走行風が乗降口から勢いよく吹き込んでくる。夏の夜風は気持ちいい。

ヘルシー・ツーリンスト・インが10分もしないうちに見えてきた。

バスは安宿の前の止まった。そして、ドライバーが「ここだよ。」と教えてくれた。

僕はドライバーにお礼を言ってバスを降りた。無賃乗車だった。

手を振って、もう一度ドライバーにお礼を伝えるとバスは走り去っていた。ヘルシー・ツーリンスト・インの明かりが眩しかった。

部屋に戻るとシャワーを浴びて、近くの食堂行き、晩飯を食べた。その後、酒場に行く。

その夜の飲んだビールは格別だった。

<「スリランカ旅行記 Vol.2 ~ベンツをヒッチハイク ~」終わり>

(※)シルヴァは仮名です。

Text:sKenji