おいしいお米はどうやって作られるか?
答えは八十八の手間をかけること。(なぜなら「米」という字を分解すると「八」と「十」と「八」になるから)たとえば、まだ寒い冬の田んぼ。昨年の稲刈り後の稲わらや稲の株が残された田んぼでは、すでに来年の準備が始まっています。
昔から言い伝えられてきた八十八手間。原発事故の現場から30キロほどしか離れていないいわき市北部、久之浜エリアでも、手間を惜しまず丹精込めておいしいお米が作られてきました。ずっとずっと昔から。農協の共同出荷を通さずに、口コミで広がっていったお客さんたちに直接販売する農業が成り立つほどの「おいしいお米」が作られてきました。
そして原発事故のその後でも、放射性セシウムの量を極限まで下げる工夫を凝らして、いままでどおり「おいしいお米」を作り続ける挑戦が続けられています。
挑戦を支える気持ちは、
「自分たちが安心して食べられるお米を作って、それを消費者のみなさんに食べてほしい」
だから、数限りない手間をかけます。少しでも放射線量を抑えられるように、数多くの工夫を行いました。さらに、安全性をしっかり担保するため、作ったお米は一袋ずつ放射線量の測定を行ってから販売します。自主的に定めている放射線量の基準は、国が定めた「100ベクレル(Bq/kg)」なんかじゃありません。スーパーや学校給食が事実上の基準としている「10ベクレル以下」をさらに下回るレベルです。2012年にはその基準をクリアするお米をつくり出しました。もちろん、おいしいお米です。
そして、今年は「ゼロ」を目指す。
という目標を掲げて2013年の「おいしいお米」づくりがスタートしています。(福島から遠く離れた、原発事故の影響がほとんどないとされる産地のコメでも、数ベクレル程度の放射線量は検出されるというデータがあるそうです)
「おいしいお米」を作るための八十八の手間。その最初の方に位置づけられるのが、土づくりです。
写真は静岡県韮山の田んぼの様子です。左の写真は、ほぼ昨年の稲刈りが終わったままの状態。右は稲わらや稲の株を土にすき込んだ後の田んぼ。雪がちらつくような冬の間から、田んぼの土を掘り返す作業を何度か繰り返して、稲わらや株の有機物をの分解を促します。「おいしいお米」を作るために、まずは「おいしい土」を作るのです。
植物としてのイネのうち、人間が食べるのは実った穂の中の実の部分「お米」です。しかし、収穫した後に「わら」と呼ばれることになる植物の体の部分、つまり葉や茎がなければお米は作れません。当たり前ですよね。
丈夫な植物の体を作るためには栄養分が必要です。園芸の経験のある方なら肥料の成分としてご存知のとおり、窒素やカリウム(カリ)、リンなどの元素です。一方、私たちが食べるお米の栄養分の大部分はでんぷん。大気中や水からイネが吸収した炭素と酸素と水素を元に、太陽の光で光合成して作られたものです。
つまり、植物として成長するために必要な窒素やカリウムなどの栄養分は、大部分がわらの中に残っているというわけです。食べる部分は大気と太陽の恵み。そのベースとなる植物の体には栄養分がいっぱい残ったまま。わらを次の年のために土にすき込んで分解するコメ作りって、とってもリサイクルなしくみなのです。
ところが、2011年3月に発生した原発事故で、空からセシウムが降ってきました。こんなに美しい田園風景のいわき市小久の田んぼにも。
この土地で「おいしいお米」を作ってきた佐藤三栄さんは、仲間たちとともに、田んぼに降ったセシウムの測定や、放射性物質をイネに吸収させにくくする方法など、さまざまな工夫を行って、放射能に負けないコメ作りの取り組みを進めてきました。
独自の調査や研究の結果、ひとつわかったことがあります。
それは、わらにはセシウムが吸収されているということです。佐藤さんの仲間のひとり、大沢和納さんが福島県二本松市の田んぼに自生(植えたわけではなく、田んぼに落ちた籾が自然に発芽して育ったもの)していたイネを、茎や籾などの部分ごとに細かく測定した結果を教えてもらいました。
表面から3センチまでの土は7,910Bq/kgでした。生のわらを測定したところ、根元から5cmまでの部分では1,656Bq/kgでした。
これに対して、籾のセシウムは120.9kgだったというのです。(※データは特定の圃場で採取されたサンプルのもので、一般的な傾向や放射線量を示すものではありません)
ベクレルの桁がまるで違っています。
さらに補足するなら、籾は籾殻が付いた状態のイネの種です。籾殻を取り去って玄米にし、さらに玄米を精米して白米にすることで、放射線量は大幅に低くなるそうです。
この結果から言えることは、セシウムは植物体としてのイネには吸収されるが、実であるお米にはごく一部しか移行しない。イネの体はセシウムに対してフィルターの役目を果たしているということです。
つまり、イネがセシウムを根から吸収しにくくする工夫をして、イネが吸収するセシウムの総量を抑えることができれば、セシウムがお米に移行するのを抑えることが可能になります。それが佐藤さんのグループが2012年に挑戦し、数々の工夫の末に成果を上げた「放射能に負けないコメ作り」です。
イネの体がセシウムのフィルターの役目を果たしているということから、もうひとつ言えることがあります。それは、セシウムを吸収した稲わらを田んぼから取り出すことで、田んぼの土そのものに残されているセシウムを除去できるということです。
これは画期的だと思いませんか!
「放射能ゼロを目指す」今年の「おいしいお米」づくりで、佐藤さんたちのグループは、田んぼからのわらの除去を始めました。写真左は佐藤さん。大きなロール状の物体が田んぼから回収された稲わらです。
ふだんなら、わらは土の中にすき込むものでしたから、佐藤さんたちはわらを除去する機械を持っていませんでした。急遽取り寄せたのは、飼料用にわらを集めるための機械です。
まずはトラクターでけん引する緑の機械を回転させて、土の上のわらを集めます。この機械はヘイメーカーと呼ばれるそうです。
続いて登場するのが、こちらの赤いマシン。ロールベーラ―という機械です。田んぼの中のわらを吸い込んで、ぐるぐる巻いて、2つ上の写真のような円筒状のわらのロールを作ります。
「おいしいお米」を作るための八十八の手間に、もうひとつ手間が加わったということです。空からセシウムが降って来さえしなければ、こんな手間をかける必要はなかったのですが。。。
ところが、原発事故のせいで新たに追加せざるを得なくなった手間は、これだけではありませんでした。
これまでは、次の年のイネの栄養分になっていたわらを、セシウム除去の目的でまるごと取り去ることになったのです。取り去った稲わらに代わる栄養を田んぼに補ってやる必要があります。しかし、この土地で長く「おいしいお米」づくりを進めてきた佐藤さんたちには、田んぼからわらを出した経験はありません。どんな肥料をどんな配合で、いつどれくらいまけばいいのか、新たな挑戦課題が浮上してきたのです。
八十八もの手間をかけてつくられてきた「おいしいお米」。
原発事故のせいで、その手間は軽く百を超えるほどに増えています。それでも、佐藤さんと仲間たちの「おいしいお米」づくりへの挑戦は、いわき市北部地域で続きます。
すべては、安心して食べられるおいしいお米を届けるため。
自分たちが安心して食べられるお米を作って、消費者に買ってもらうため。
安心して食べられる「おいしいお米」は、顔が見える農家の人たちの手でつくられるものなのです。
佐藤さんたちのグループが力強く進める放射能に負けない「おいしいお米」づくり。これからも、その取り組みを追いかけてリポートしていきます。
(佐藤さんたちのグループの皆さんの顔写真もご覧いただけます)
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)