先日、イギリスの自閉症協会が提唱している「SPELL」という理念のことを知りました。S・P・E・L・Lの5文字には同協会が自閉症の人々を支援するうえで大切にしていることがギュッと凝縮されています。
自閉症スペクトラムの娘と少しでも快適に暮らすために、わたしたち親が日々試行錯誤をしながら実践しようとしていることも、すべてその「SPELL」に当てはまることがわかりました。
S(Structure - 構造)
自閉っ子は、予定が急に変わったり先の見通しが立たないことがとても苦痛です。また、いっぺんに多くの情報を提示されると混乱してしまうため、情報を「構造化」してあげると安心できます。
その一つが「絵カード」です。自閉っ子は目で受け取った情報が印象に残りやすい(「視覚優位」といいます)ため、わが家では「11時にごはんを食べます」と言う情報を伝えるため「11時を指す時計の絵+11じという字」「ごはんの入った茶わんの絵+ごはんという字」を並べてホワイトボードに貼り、それをしっかり見るように親が促します。
娘が通う特別支援学校や放課後等デイサービスでは、授業や課題、遊びの始まりと終わりにこの絵カードを先生が指さし「いまから(これで)○○を始めます(終わります)」をみんなで声に出すということを必ずやってくれます。
P(Positive - 肯定的に)
自閉症の子どもたちには「○○しちゃダメ・○○してはいけません」という指示は伝わりづらいことがあります。
「○○しちゃダメ」と否定するのではなく「(○○ではなく)●●をします」というように「やってほしいこと」に意識を向けてもらいます。
ウチの娘に関しては「大げさなぐらいホメる」ことも大事です。健常児なら当たり前にできることだと、ついわたしたち親は「まだスタート」と思ってしまうのですが、自閉っ子にとっては快挙なのです。
「イスに座っていられた」だけでも「そーだね!がんばったね!」とホメホメ大作戦。娘もうれしそうにしてくれます。
E(Empathy - 共感)
自閉症スペクトラムとひと口に言っても、ひとりひとりの特性は実に様々です。わたしたち親は子供について「わかっているつもり」でも、本人が思っていることはぜんぜん違うかも知れません。
言葉を話せる子だってなかなか自分の思うようには表現できません。まして言葉を持たない娘のような子の場合は、しぐさや声色からこちらが一生懸命想像するしかありません。
そしてつらいこと苦しいことに対して「そうだね、つらいね」と共感してあげることが大切です。
そのつらいことに「耐えよう」とか「克服しよう」などと求めることは彼ら彼女らにとってさらなる苦痛以外の何物でもありません。これが募ると精神疾患や社会への不適応などの「二次障害」を生んでしまう危険もあります。
L(Low Arousal - 穏やかな態度)
わたしたちの態度や雰囲気もすごく大事です。娘のように言葉がわからない子でも親や先生の声のトーン、ちょっとした表情をちゃんと読み取るので、「ダメだ!」なんて声を上げるのは論外。「あーあ」と声に出したり、「ため息」もつかないように気をつけます。
と書くのは簡単で、日々失敗の連続です…しかし、表情も声も行動も、すべてにおいて「力づくで導いたり居丈高な態度をとること」には「いいことなんかひとつもない」のです。声が太く力も強い男性は特に気をつけるべきだと思っています。
「大らかに」「穏やかに」。わたし自身の生き様として常にそうありたいと願っているのですが、悲しいぐらいまだまだで、よく凹んでいます。
L(Links -つながり-)
娘がもっと小さい頃、この子にはどうやら障害がありそうだ、この先どこでどのような支援を受けられるのかそれとも受けられないのかと悩んだ妻が、あるお医者さんに言われた言葉があります。
「お母さん泣いてる場合じゃないよ!○○ちゃんはお母さんだけで育てるんじゃないからね。みんなで育てていくんだよ!」
しんどいことはたくさんありますが、娘が障害を持って生まれてきたことによって、わたしたち家族は新しい経験をたくさんしています。
身内が娘の障害を理解してくれていることはもちろん、昔からの友人はこぞって娘に会いたいとウチへ来てくれますし、ひとり残らず娘をかわいがってくれます。
がっちり遊んでくれるのもありがたいし、適度な距離を置いて見守ってくれるのもじゅうぶん愛を感じます。娘のしたいようにさせてくれるのです。
同じ小学校には行けませんでしたが、保育園時代のお友達とそのパパママ、近所で時々お目にかかる保育園の先生たち、近隣のお店の方々、そして同じマンションで懇意にしているご家族だけでなく、エレベーターで一緒になるだけの方も、しばしばご自分から娘に声をかけてくださいます。
ぶしつけに触りたがるし急に引っ張ったりするし、返事もしなければ視線さえ向けることもないことが多い娘に「今は○○な気分なんだよね~」と共感してにこやかに接してくださる。
それってもう「P」と「E」と「ふたつのL」ですよね、すごいですね。
本物の紳士
数年前、スクールバスを待っていた娘が通りがかった70がらみの紳士のスーツを急に引っ張ってしまったことがあります。
しかしその男性は少しも動じることなく、しゃがんで娘と同じ高さになり、
「○○さん、おはよう。大丈夫?」と優しく声をかけてくれました。
なぜ娘の名前がわかったのか?娘のリュックについたカードを即座に読み取ったとしか考えられません。
やがてその男性とお話しする機会があって知ったのですが、その方は重い障害のある息子さんを亡くしていたのです。わたしなんかには想像もできない苦しみを味わってこられ、とても真似できない深い思いやりの心をお持ちなのでしょう。
娘や知っているお友達が相手ならわたしもそのような振る舞いができるかもしれませんが、見ず知らずの子どもに急に引っ張られた時にそのような「神対応」が取れるかどうか…自分がすこぶる疑わしいです。
ああいう人になりたいなあ…わたしのSPELL修行はきょうも続きます。