【シリーズ・この人に聞く!第112回】クラシックギターデュオ いちむじんさん

高知県出身のイケメンデュオ。彼らが奏でるギターは、既存のギターのメロディを超えた魂を揺さぶる何かがあります。NHK大河ドラマ「龍馬伝」でエンディング曲を担当してから世界を舞台に飛躍を遂げています。彼らがどんな幼少期を過ごし、これから何を目指しているのかお聞きしてみました。

いちむじん

いちむじん(土佐弁で一生懸命という意味)宇高靖人(左)、山下俊輔(右)によるギターDUO。2004年に結成2006年メジャーデビュー。2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」エンディング曲を担当し飛躍的に活動の幅を広げる。2012年から世界ツアー開始。台湾公演で李登輝総統の前で演奏し、「日本の古き良き心を感じさせる音だ。」と賞賛を頂く。メキシコ、ニューヨーク共フェスティバルでおおとりを飾り大盛況を得る。ニューヨークでは単独ライブも大成功に終える。全米デビューをしたいちむじん、脱藩ギターリストとしての放浪の旅は終わらない。これからもギターの音色で世界を繋げていく。 

LINE:@ichimujin

中学でギターと出会い、高校で運命が急展開。

――お二人は高知県出身でご同郷ですね。まず最初にそれぞれのご家族や幼少期についてお話し伺えますか?

僕は3歳上の兄と、9歳下の妹がいる3人きょうだいの真ん中で、おばあちゃんッ子で育ちました。チョロチョロしていて活発な子でしたが、その反面プレッシャーをかけると殻に閉じこもってしまう。小2の時、掛け算を暗記しないと帰れなくて、皆で残って勉強していた時にトイレへ行きたかったのに恥ずかしくて言えず、もらしちゃった…ことを覚えています(笑)。

宇高少年の大学入学時。とっても美少年!

僕はひとりっ子で幼稚園時代は香川県高松市で育ち、小学校に上がる時に高知県へ。父はかなり厳しくて、ゲームや遊び道具は、買い与えてくれませんでした。とにかく人を笑わせるのが大好きで、ものまねが得意な子でしたね。唄うのが好きで歌手になりたくて、いちばん最初にCD買ったのは「島唄」でした。他はスピッツの歌もよく唄っていました。

――それぞれ素のキャラクターが垣間見れますね。習い事は何かされていましたか?

習い事はたくさんしていたほうです。兄が通っていた習字に憧れ「やりたい!」と小1の時、親にせがみましたが「小学校3年生からね!」と却下。墨は使わせてもらえませんでしたが、硬筆をその頃から熱心に習いました。同時にスイミングも行き始めましたが、1年も通わぬうちに中耳炎になって辞めることに。水を怖がらない泳ぎの基本はマスターできました。それと公文、放課後にスポーツクラブにも所属。僕は小4位から暗い時期があって、学校は行っていましたが割と引きこもり気味で、それを心配した親がスポーツをする環境を与えてくれた。体を動かすようになったおかげで、前向きになれました。

サッカーと水泳をやっていました。水泳は幼稚園時代から、サッカーは小学1年生からです。

――音楽を子どもの頃からたしなんでいらしたのかと思いましたが、そうではないんですね。ギターとの出会いはいつでしたか?

僕は中学の頃、ハンドボール部に所属していて、中3で部活を辞めてから友達のギターを貸してもらい初めてギターに触れ、そのギターの音に感動しました。その後、高校に入学してから弓道部に入部したものの、結核になってしまい3ヵ月近く入院生活を送りました。医師から過激な運動はしないように言われていたので、退院してからギター部に転部してギターを本格的に始めました。

僕は中2のクリスマスプレゼントに父からフォークギターをもらいました。本当はエレキギターが欲しかったのですが、父に「不良になるからイカン!」と言われ、ギターは安心だったのかもしれません。通っていた高校に音楽コースというのがあって、そこでクラシックギターを習い始め、ギター部にも入部。僕らが入って10名ほどのメンバーでした。

――お二人が出会ったのは高校時代ギター部で、ということですが、指導してくださった先生はどんな方でしたか?

僕は勉強もスポーツも人並み以上にできるタイプではなかったので、自分に自信がなかった。ギターを指導してくださったその先生に出会ったことで、初めて褒めて頂けたことで自分の中で何かが変わっていきました。先生はギターの大きなコンクールで優勝もされていた方でしたが、プロになるか教師になるかという選択で、学校の音楽教員を選ばれたんですね。

――お二人が高校卒業後、同じ学校へ通うために上京したのは仲良しだったからですか?

そういうわけではないんです(笑)。ギターの音楽学校は東京か広島か限られていた。東京には僕らを指導してくれた先生の恩師が教鞭を取っておられて、僕らは孫弟子として門下生となりました。大学では僕らが一期生です。

ソロの楽器を重奏するおもしろさ。

――デュオを組もうと思われたのはどんなきっかけでしたか?

そもそもギターはソロの楽器で、合奏するという感覚が僕らにはなかったんです。高校の先生は僕らにとってカリスマ、神様みたいな存在でしたから先生が言うことは合っているだろうと思っていたので、その先生から「きみたち二人が組んで、重奏のコンクールへ出れば?」と言ってくださったことがきっかけでした。そこで先生がオリジナルで作ってくれた『よさこい編成曲』を演奏して優勝できました。その1年後にはメジャーデビューできることに…。

高知出身の二人が大河ドラマ「龍馬伝」の音楽に関われたのも何かのご縁。

――先生から夢を託されていたのかもしれませんね。2004年から11年続けているといろいろな時代の変遷を経てきたのではないですか?

社会人になってから、特に音楽は氷河期に入ったところでしたから。プロとして音楽業界に入って右も左もわからなくて…信じた人に裏切られ人間不信になった時もあります。でも22、3歳でそういう経験をできたからこそ、免疫がついてその先はいろいろあっても大したことがなかったです(笑)。

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――そういうことがありつつも立ち直って素晴らしいです。やっぱり高知出身のアーティストというのが「龍馬伝」との縁になったわけですか?

2008年頃まで暗黒の時代でした(笑)。2009年はCDを出していません。2009年初夏に「来年の大河ドラマは龍馬だそうだ!」と聞いて、そこから僕はどうしても音楽をやりたいと言い始めました。コンサートでも友達にもずっと言い続けた。それでたまたま某レーベルの知り合いが、ドラマの音楽監督とつながりがあって掛け合ってくれました。僕は言霊(ことだま)が縁になったと思っています。その頃から、目標を言葉にして言うようにしたんです。今のところ、言うことによって必ず願いが叶っています。言ってから目標を設計していく。思いつきでここで演奏したい!と思ったら言葉にするようにしています。

――思いを込めた前向きな「言霊」は大切ですね。ギタリストとして第一線で活動するために努力していることはどんなことですか?

僕ら「いちむじん」としては、宇高と僕のギターデュオであることが基本です。自分たちでは気づいていませんが「音楽の流れが完成している」…と3年前からそう言われることが多くなって、意識するようになりました。クラシックを演奏するのは、人間のレベルが上がれば上がるほど、いい音楽を育てられると思っています。

必要なのは自分を客観的に見る作業。

――自分を高めると大切に育てている仕事に反映される…というのは他のことでも置き換えて言えますね。NYでの演奏は日本と違う反応ありますか?

ボブ・ディランさんやレディー・ガガさんが唄っていた『THE BITTER END』というNYのライブハウスで演奏する機会を頂いて、年一回渡米してライブを行っています。NYは僕らにとってアウェーで知らない土地、知らない人ばかり。とりあえず演奏してみようかとやっているうちにお客さんがどんどん入って来てくれてすごく盛り上がります。最初は30分という演奏時間でしたが、好評で40分、45分と少しずつ演奏時間が伸びているのも異例なようです。

2004年のデビュー当時。高校時代から二人三脚で歩んできた。

――厳しいNYでは素晴らしい評価ですね。では、これまでのご自身を振り返って、言葉ではどんな風に伝えたいですか?

自分を見つめる作業で、人生は大きく変わるはずだと思っています。僕は高校のギター部で指導してくださる先生に「才能がある!」と褒められ一気に開花しました。それまで父に厳しく育てられ褒められずにきたので、褒められてからの爆発力がすごかった。音楽家は特に、幼少期から楽器に触れられる環境があった人がプロとして活躍しています。でも、僕らは先程お話ししたように幼少期はギターとは無縁でした。ですから、人には誰しも可能性があるということ、指導者を信じることを伝えたいです。

――確かに英才教育だけがプロになる道ではないです。でも同じ指導者についてもプロになる人、ならない人がいます。その分かれ道には何があるんでしょう?

自分の活かし方ができたこと。自分にとって何が最善か?を考えた時、僕は楽しいことには全力で向かえるタイプだと気づいたんですね。逆に、そうでないことには向かえなかった。それが僕にとってプロになるかどうかの分かれ道でした。

自分自身を客観的に知ること。自分の立ち位置、キャラクター、実力…全部含めて考えられたのでプロになれたのだと思います。僕ら東京で初めてライブをした時100人、高知では399人お客さんが来てくださった。やり方次第でそういう結果がうみだせたのは、高校時代にマネージメント力を先生から学べたからです。

――では最後に、習い事を考える親へメッセージをお願いできますか。

子どもは褒めたほうが伸びるし、認めてあげることだと思います。その子が方向違うところへ行こうとする時に、どう導くか?押さえるのか、横にそらすのか、自由にさせるのか。僕は自由にできるのが子どもの素晴らしさだと思っています。

親がまず自分を知ってほしいですね。性別関係なく子どもは人間として見ると、そんなに難しいことはないと思っています。許すことを覚えると、人は成長します。常に疑問を投げかけて、親が答えを提示せず、子どもに考えさせた。考える力を身につけさせたいですね。

編集後記

――ありがとうございました!フォークギターでありながら、いちむじんが奏でる音色はジャンルを軽々越えて、聴く人の心揺さぶります。幼少期に英才教育を受けてきたわけでなく、高校生という思春期に出会ったギター、そして指導してくださった先生との出会い。龍馬が生まれた高知県で育った2人は、人を魅了するパワーに溢れています。私はアルバムBigMouseに入ってる「ひだまり」という曲がお気に入り。まるで早春の木漏れ日を感じるような気持ち良さです。これからもお二人がギターで奏でる音色を楽しみにしています…

取材・文/マザール あべみちこ

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