【シリーズ・この人に聞く!第70回】社会問題に鋭く切りこむ医療ジャーナリスト・写真家 伊藤隼也さん

様々な医療現場を精力的に取材し、患者中心の医療実現のために活動。東日本大震災発生以降は、現地取材に赴き、被災地の窮状や放射能汚染の危険性を訴え続けておられます。特に子どもを放射能汚染から守る上で日常生活で何をどう気をつけて過ごすべきかを指南した「世界一わかりやすい放射能の本当の話 子どもを守る編」(宝島社)が、発売後たちまち品切れとなりこの情報が渇望されていることがわかります。子どもを守るため、日々大切にされている点を伊藤隼也さんへお聞きしました。

伊藤 隼也(いとう しゅんや)

国内外の医療現場を精力的に取材。03年からフジテレビ「とくダネ!」にてメディカルアドバイザーを務めるほか、各種メディアでより良い医療のあり方を追求・発信し続けている。08年10月に起きた「脳出血・妊婦たらい回し」事件では都の周産期救急搬送システムの不備を『週刊文春』誌上で徹底検証し、2009年第15回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」大賞を受賞。
著書にこれまでの活動や研究を活かし、患者の立場にたった実用書、「これで安心!病院選びの掟111」(講談社)、「患者力で選ぶいい病院」(扶桑社)、「最強ドクター治せる!108人」(扶桑社)、「最強ドクターの奇跡」(扶桑社)ほか、近著に男女の健康をサポートする「オトコの病気 新常識」・「オンナの病気 新常識」(講談社)がある。

誰も指摘しなかった文科省の20mSvに異論を唱え

――最新刊「世界一わかりやすい放射能の本当の話 子どもを守る編」が発売直後に品切れ続出で10/21増刷が決まったそうですね。それだけ日常生活で放射能汚染から何とか子どもを守りたいという人が多いのだと感じます。朝のTV番組に伊藤さんが出演される時は欠かさずチェックする主婦が多いです。

僕が監修・出演しているフジテレビ「とくダネ!」で、福島の児童が学校生活の場で年間20mSvまで放射線被ばくをよしとする文科省の施策に意見を述べたのは、5月のこと。それまで誰も、どの局も、明確に異論を唱えることはなかった。あまりにも高い基準値に憤りを感じて、自らその事実を証明すべくガイガーカウンターを持って福島県内の学校や公園などを測りました。この放送は大きな反響があり、それによって学校現場の除染や数値の見直しなどのきっかけを文科省へ働きかけることができたと思います。

「世界一わかりやすい放射能の本当の話 子どもを守る編」(宝島社)発売直後から品切れ続出で増刷した。

――影響力をもつマスメディアで10年も同じ番組でレギュラーをなさっているのはすごいことですし、そもそも医療ジャーナリストとして「とくダネ!」に出演をされているのも珍しいですよね?

これまで、日本の男性は健康問題への意識は低く、病院などを選ぶ時でも、ほとんど母親や奥さんが選ぶような時代が続いてきたと思います。まずは医療を改革したいと日々考える中で、医療の選択者が女性なら、その人達に僕のメッセージが届くような番組作りをしたいと思ったのです。「とくダネ!」にはずいぶん長い間出演していますが、放送開始当初から「何かを検証したい」と思うのは、ずっと変わらないスタンスです。また、僕のような感性で勝負するような職業(写真家)だった人間が、医療ジャーナリストとして、医療問題を検証するような立場になったのも大変に珍しいと思います。

――朝のTV番組の中で、すごく硬派な企画ですが知りたい情報です。家庭の実権は、ほぼ母親が握っていますからね。それにしても放射能汚染によって問題なのは給食。学校生活の中でリスクを考えたら、いろいろ避けたい行事はあります。放射能を気にする母親を非難する風潮もありますが伊藤さんはどのようにお考えですか??

自分がやりたいと思うことは可能な限りすべきだし、それでいいのではないかと思います。つまりお弁当を毎日作って内部被曝のリスクを少しでも避けたいと思って、毎日の弁当作りが可能ならばよいと思う。でも、僕は最初から無理で長続きしない方法は取りません。

――医療ジャーナリストとして、この放射能汚染についてはどのような対策が急務と思われますか?

子どもを守るには、なるべくゼロ被曝を目指してリスキーなものを避けること。具体的には、今後は食品の内部被曝が問題になるので、食材の産地や汚染食品の情報をしっかり把握しておく。また、ホットスポットなども存在するので小さな子どもを遊ばせる環境には十分配慮するなど、家庭でも出来ることはたくさんあります。また、福島県内などの放射線量の高い地域に住んでいる子どもたちはケースによっては避難をした方がよい場所が今でもあります。そういう検証を政府にしっかりとさせたい。

医療問題に取り組むきっかけとなった父の死

――伊藤さんは医療ジャーナリストとしてお仕事されていらっしゃる一方で写真家としても活動されておられます。そういう方はたぶん伊藤さんだけではないかと思うので、どうしてそうしたお仕事を選択されたのか、ぜひお聞かせください。

僕は出版社などを経てフリーのカメラマンとして仕事をしていました。ある日突然、医療問題を追求したいと思うような出来事があった。それは、94年の父の医療事故でした。家族としてどうしても受け入れられない父親の死がきっかけで医療問題に深い関心を持つようになったのです。一方で写真家として撮影で世界各国へ300回くらい行っていますが、国が違えば文化が違うわけで、命の危険に晒される恐ろしい経験をしてきました。だからこそ自分の命は自分で守る…という鉄則をもっていましたが、そういうスタンスが医療現場の理不尽な体制に対して、僕の中の何かを覚醒させたのかもしれませんね。日本人は、医療など性善説で成り立っているところがあって「国や専門家の話は正しい」という前提で他者に期待します。日本中で起こっているさまざまな問題も、すべて根っこは共通します。要するに、自分の頭で考えない。医療問題であれば、どうしたら改善できるかをひとつ一つの事実を検証して報じる。それが社会を覚醒させ改善への道筋をつくる可能性となる。そんな役目を果たしたいと考えています。ですからジャーナリストというよりも、メディアを使った社会改革に努めているといったところですね。

病院にて10時間近くに及ぶ心臓オペの取材・撮影に臨む伊藤氏

――取り上げられているテーマが常にタイムリーですし、「えー!そうだったの?」という知られざる事実をしっかり掴んで伝えてくださるので、伊藤さんの活動には注目しています。

現在、僕はうつ病などに使う向精神薬の使い方に大きな問題があると考えています。例えば3歳のお子さんに発達障害という診断をして向精神薬をバンバン投与するなんてナンセンスなのですが、誰もそういう事実をしっかり注視してこなかった。そういう問題の中で注目していることに「自殺者が10年程前から日本で急激に増えたのは、ある薬が発売になったからではないか?」と推測しています。自殺対策では誰も着目してこなかったけれど、その問題を検証しない限り自殺は減らないのではないかと。どうしてそういうことになるかを掘り下げて考えていくことが非常に大切だと思います。ある事象を徹底的に掘り下げて行く。そうすると何かしら、問題の根底であろう事実にぶつかる。薬でも、行政でも、どんな相手であろうとおかしいと思ったことは徹底的に調べるのです。だからこそジャーナリストは常に現場の真実を追わないとならない。

――今、手元に伊藤さんが執筆された記事がいくつかございますが、たとえば自殺率が急激に増え始めたのは98年にある薬が解禁になってから…といった具合にデータに基づいた分析をされていらっしゃいます。こんな恐ろしいことが背景にあるのですか?

「うつで病院に行くと殺される!?」という記事のタイトル通り、日本の自殺者は常に3万人を超え、先進国のなかで最悪の道を突っ走っています。不景気やストレス社会などが理由に挙げられてきましたが、見落とされている点があります。それは98年頃から抗うつ薬の売り上げが翌年以降増え続けているのです。自殺者数と抗うつ剤の売り上げが、ほぼ同じ時期から突然に増え始めそれ以降はずっと続いている。うつ状態で安易に病院へ通えば通うほど、死へ近づいていくのではないかと疑念を抱かせる状況があります。

――日本人が何事も信じやすいのは医者の診断に限ったことではありませんね。ところで放射能汚染問題は辿っていくと反原発の動きにシフトしていくように思います。伊藤さんは3.11以降の日本の動きをどのように捉えていらっしゃいますか?

脱原発の立場はもちろんですが、僕はお祭り騒ぎのようなデモをやっても世の中が変わるとは思っていません。大御所の作家がスピーチしている内容も後日ネットで拝見しましたが、反原発以前に今我々の目の前で起こっていることに何ら言及しないのはなぜでしょうね?ノーベル賞までもらった方がどうして今そこにある危機について第一線で言葉を発しないのか?仮にパフォーマンスであっても、今福島や日本中で起きている現実を直視して命を守る大きな声を発してほしい。

子どもに自分で考え行動させる力をつける。それが親の役目

――新聞にしてもテレビにしても、情報源だと思っていたメディアは、本当に知りたいことは報道しないものだと段々わかってきました。「もう新聞購読するの、やめちゃおうかな」という人も増えていますが、伊藤さんはどんなふうにマスメディアを捉えていらっしゃいますか?

僕は新聞が真実を報じているかどうかを知るために複数購読しています(笑)。書かれている記事がどれだけ客観性があるか、常に懐疑的に全体を俯瞰するように読んでいます。斜に構えていえば、そもそも本当のことは書かれていないのではという前提です。僕は父の死によって物事の前提が180度ひっくり返った経験をしたので、国やマスメディアを盲目的に信用していないし、個人も信頼はお互いに作りだすものだと思っています。だから、テレビや新聞に真実が語られないというのは今さらな話で、ずっと昔から全ての真実なんて誰も語ってはいなかったわけです。それでも新聞によってわかる事実などの良い面もあるし、中には信頼できる新聞記者もいる。物事は一面だけではないという見方をしないとなりません。

救急医療取材中、ドクターを乗せて出発するヘリにシャッターを切る

――伊藤さんは家庭でお父さんとしても、お子さんへそういう多面的な物事の捉え方を教えるのが上手そうですね。教育方針のポリシーはありますか?

今10歳の長男はスキーがもの凄く上手い。今や僕より上手い(笑)。それは、5歳の最初のスキーでおもちゃのような板を使わなかったから。高価なちゃんとした靴と板を買い与えた。そういう投資は親子にとってプレッシャーになる。さらに、我が家はボーゲンを全く教えていない。ボーゲンは止まるなどの基本を教えるのに必要だと言いますが、脚力のない子どもは覚える前に楽しくないからスキー止めてしまう子もいる。そもそもスキーは楽しくないと。最初は自分で止まれなくていいと思っています。まず、子どもには滑ることの楽しさを覚えさせる。その上で急斜面に連れて行ってスパルタ教育もしました。もちろん怪我をしないようにヘルメットなどのプロテクトは万全にしますが、ギリギリ限界までサポートはしない。ボーゲンは全く覚えさせなくても、滑ることの楽しさを覚えれば子どもは凄いスピードで滑って行きます。ブレーキは子どもの背中に付けたラインで後ろから僕が果たす。これは大変ですよ! でも、どんどん自由に滑らせて成功体験を積み重ねさせてからエッジを使って止まる方法を教える。そうすると上級のテクニックが自然に身に付く。親の役割は、危険な物に近づけさせないのではなくて、危険をどうコントロールするか、身をもって教えることだと思います。