ウインド仲間がご馳走してくれたソバ ~前編~

先週の週末のことである。三連休の中日、天気予報によると趣味のウインドサーフィンを楽しめる程度の風が吹くとのことであった。

そこで道具を車に積み、海へ。

海岸に到着すると、期待を裏切る弱い風であった。仕方がないので道具を組み立てて、風を待つことにする。防潮堤の上で無風だった時のために持ってきた本を寝っ転がって読んでいると、ヤマさんがやってきた。

ヤマさんは同じ浜辺をホームゲレンデにしているウインドサーファーで、海に行くと必ずと言っていいほど姿を見かける。年齢は70歳前後という話なのだが、見た感じは50、60歳くらいのようである。

ヤマさんは温厚でとても人が良かった。以前、自分が買ったばかりのマストを折ってしまった時に、「使わなくて捨てようと思っていたものだけど、よければ使ってよ」と言ってマストをくれたことがある。先日もフィンのインサートナットをなくしてしまった際、使えなくなったフィンからパーツを外して「これ、使いなよ」とくれたのだ。これはなにも僕だけに限ったことではなく、他のウインド仲間に対しても使わなくなった道具が家にたくさんあるからと言ってプレゼントしている。そのヤマさんが寝っ転がっている僕のところに来て、

「風、ないねえ」と海を見ながらつぶやくように言った。僕は本を閉じ、

「今日は期待ハズレですね」と答えた。

その後に風予報の情報を交換するとヤマさんは車に戻り、小さなスーパーのビニール袋を持ってきた。なかに何かが入っているようであった。ヤマさんはその袋を僕に差し出し、「もし良かったら食べてよ」と言った。中をのぞくと柿が7、8個ほど入っていた。

「庭に植えている柿の木にたくさん実がなってね。家を出る前に採ってきたんだよ。まだちょっと硬いかもしれないけど、数日置いとけば食べられるよ」と教えてくれた。

僕は御礼を言って柿を車に置いてくると、ヤマさんと海を見ながら話をしていた。海辺はときおり微風が吹いてくるものの、風はほとんどなく、いたってのどかな状況であった。数人のウインドサーファーが海上に出ていたが、歩くほどのゆっくりとしたスピードで行ったり来たりしている。

そんな光景を眺めながら話をしていると、今度はゲンさんがやってきた。ゲンさんはヤマさんと同じくらいの年齢のウインドサーファーである。海で会うと挨拶をして二言三言ほど会話をするものの、それ以上の間柄ではなかった。ちょっと話しづらそうな雰囲気があった上に、こちらから声をかけても多くを語ろうとはしなかったのである。

ただ、そんなゲンさんも長い付き合いのヤマさんがいるとよくしゃべった。話は風とウインドサーフィンに関することから始まり、その後、しだいに年金といった海とは関係ないことに移っていった。

風を期待しながら1時間ほど待っていたのだが、いっこうに吹く様子はなく、諦めて道具を片付けることにした。

組み立てていたウインドサーフィンを分解する。バラしたパーツやボードを車に積んで二人の元へ行くと、今からヤマさんの自宅へ行くという話になっていた。

なんでも、ヤマさんが持ってきた残りの柿を全て、話しかけた通りすがりの女性にあげてしまったためにゲンさんの分を新たに採りにいくのだという。

ヤマさんが「一緒に来る?ソバをご馳走するよ」と僕に向かっていった。

ウインド仲間と海辺以外で話をするのは、もうかなり以前に呑みに行って以来であった。僕は喜んでそのお誘いを受けることにしたのだった。

<「ウインド仲間がご馳走してくれたソバ ~後篇~」 へ続く>