5月16日。この日は静岡県立三島北高等学校が1年で一番光り輝く日のひとつ。学園祭「紫苑祭」が一般公開される日。
この日、スーパーグローバルハイスクールの指定校であり、そして同校の名を有名にしたテレビドラマ「ごめんね青春!」の舞台となったことよりもずっと、すばらしい場面が紫苑祭で繰り広げられていた。
「なおちゃんの心臓移植のための募金を行っております! 移植には2億7000万円が必要です。費用はまだ集まっていません。みなさまのご協力をよろしくお願いします!」
紫苑祭でにぎわう校門を入るとすぐに、そんな叫びのような声が聞こえてくる。三島北高ソフトボール部の人たちだった。
なおちゃんは、静岡県富士市に生まれ育った6歳の女の子。将来はケーキ屋さんやパン屋さんになりたいと夢見ている。ちょっとおこりん坊だけど心やさしい女の子。今年の春の小学校入学を楽しみにしていたのだけれど、昨年6月に風邪のような症状で病院に行ったら、心臓の病気かもしれないということで緊急手術を受け、いまも病床にある。
なおちゃんの病気は劇症型心筋炎。確率は高くはないものの、誰もが罹患する可能性のある心臓の病気。しかし、なおちゃんの場合、心筋炎がおさまった後も心臓の機能が回復することなく、心臓が全身に血液を送り出す力が低下したままの拡張型心筋症という病気に発展してしまった。心臓が十分に血液を送り出せないため、なおちゃんの体には補助人工心臓という装置が装着されている。その力を借りて命を長らえている状態だ。
しかし、なおちゃんは自分の病気のこと、その深刻さを口にするのではなく、早く退院したい。そして小学校で友達と遊びたいと願っている。
なおちゃんが未来を手にするには心臓を移植するしかない。日本でも小児の心臓移植は可能にはなっている。しかし、ドナーが圧倒的に少ないため、手術には1年以上も待つ必要がある。ところがなおちゃんが装着している補助人工心臓は、血栓や感染症の危険度が高い装置で、いつ突発的な事態に陥らないとも限らない。
なおちゃんのご両親は、アメリカでの心臓移植を決心した。その費用は、三島北高生たちが訴えていたように「2億7000万円」だ。
雨上がりの土曜日、「紫苑祭」の一般公開の日、三島北高ソフトボール部の人たちが、キャンパスの数カ所で募金を呼びかけた。「なおちゃんのお母さんは、私たちの先輩です!」という力のこもった声もあった。
2億7000万円という途方もない金額が判明しても、なおちゃんのご両親はなおちゃんを助けたいとねがった。その思いに、お父さんの同僚の人たちや、お母さんの学生時代の友人たち、そして地域の人たちが応えて「なおちゃんを救う会」が結成された。
ご両親の思い。それははてしなく大きなものだ。だけど、支えたいと思うたくさんの人たちの思いもまた限りなく貴い。その貴い思いが、紫苑祭の当日、なおちゃんのお母さんの後輩たちの声に、行動に引き継がれ、広まっていることを伝えていた。(三島北高ソフト部は紫苑祭よりずっと以前から、ずっと募金活動をしています)
高校生にとって、見ず知らずの6歳の女の子の存在って、どんなものなのだろう。
高校生にとって、ずっと年上の先輩が直面している苦しさって、どう感じるんだろう。
試合や練習で「声を出せ!」と指導されているだろうソフト部の部員たちが嗄らすほどの声で呼びかける。見ていると、「ちょっと代わってやるよ。でも俺が立ってても募金集まらないかもしれないけどな」と募金箱を受け取って、ソフト部の女子生徒の代わりに男子生徒が大きな声で訴え始める光景もあった。
焼き鳥やフライドポテトなど模擬店の売上げの一部もなおちゃんを救う会へ募金されるのだそうだ。こちらは生徒会や紫苑祭の実行委員会が表明されたそうで、紫苑祭当日配布されたパンフレットに、しっかりと印刷されていた。
敬意を表したいと思う。人が人の為になにかをするという時、その人の年齢とか立場というものはあまり関係ないのかもしれない。だけど、高校生たちがこうして、ひとりの女の子の命を救いたいと思って、何かをしようとして、行動している姿から、大きな大きなものを教えていただいた。
三島北高校は新幹線の三島駅北口から徒歩5分ほどの場所。学園通りと呼ばれる銀杏並木の通り沿いにある。いつの日か、なおちゃんがこの通りを歩いて中学や高校に通っている日が訪れることを、自分もまた北高生たちといっしょに願いたい。
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