あの男があんな顔をするなんて
その瞬間、ベンチの中で星野監督が叫んだ。
「よっしゃー」
無音のテレビの画面から、星野監督の叫びが読み取れた。
すかさず背後にいた佐藤ピッチングコーチの手を握る。
試合の指揮をとっていた人にとっても、この勝ちを勝ち取った理由など分からなかったのではないか。
勝利監督インタビューの冒頭あたり、若かりし頃よりずいぶん厚くなった目蓋の奥で、彼の眼がなんとなく、ちょっとだけ、湿気を含んでいたことを、きっとテレビを見ていた多くの人が見て取ったと思う。
「インタビューなんか早く切り上げて、みんなのところに戻って感慨を噛み締めたい」
まるで、そんな駄々みたいなことを語っているかのような瞳の表情。
しわしわの顔の奥に、若々しかった頃の彼の熱が見て取れた。
勝因は? 敗因は? そんなの誰にも分からん
なんで勝ったのか、素人野球ファンにはまったく分からなかった。
明日になれば、スポーツ各紙で勝利を分析する解説者の言葉が華々しく舞い散ることだろう。だけど、試合中、先行きについての読みは、専門家だろうが素人だろうがことごとく外れた。
誰があの投手のメッキが剥がれることなど予期し得ただろう。
楽天先発、辛島航の落ち着き払ったマウンドさばき。
ピッチピチの活きの良さが売りの則本昂大があの局面で萎縮してしまったこと。
巨人 高橋由伸の9回のツーベース。
同点に追いついた直後、巨人の守護神が見せた誤算。
心なんてぼろぼろになっていただろう則本が、何かを支えにして蘇ったこと。
誰か事前に言い当てた人がいただろうか。
そして日本シリーズは仙台へと舞台を移す。
田中のマー君が先発として待ち構えている仙台へ。
勝ち負けは誰にも分からない。
ただ、とんでもないことが起こりそうだということだけは、
そんな予感だけは、試合を見ていた人たちの多くの中に芽生えているだろう。
仙台決戦。すごい試合になりそうだ。
東北のみんな、集おう。
物理的にクリネックスに行けなくとも、心をそこに集中して束ねよう。
明日の希望につながっていく、心のかてに、
そこで出会えることは、もう間違いない。
がんばれ! 東北のイーグルスたち! 時代は変わる。
●TEXT:井上良太
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