Interview : 日和アートセンター・立石沙織さん
「きっかけは復興支援活動ということではあったけれど、石巻を被災地としてだけでみるのではなく、できるだけ『本来の石巻』を探しだして見つめたいと思っています」
キュレーター兼コーディネーターとして、日和アートセンター(注*)で多彩な役割を果たしている立石沙織さんは、きりっとした表情で話してくれる。
注*)日和(ひより)アートセンターは、横浜・石巻
文化芸術交流プログラム実行委員会によって平成24年3月23日、宮城県石巻市の中心市街地
に開設されたアート施設。国内外のアーティストによる石巻での滞在制作活動と、石巻を拠点と
するアーティストの制作活動の支援を行っていくことで、石巻の未来を考える場(プラットフォー
ム)となることを目指している。空き物件を横浜・黄金町在住のアーティスト増田拓史がギャラリ
ースペースに改造。アートが生まれる「創造の場」として、石巻市民の間にも浸透しはじめて
いる。名称の『日和アートセンター』は近くの「日和山」にちなんで名付けられた。
震災後、たくさんの人が石巻を訪れています。私も例に漏れずそのうちの一人なのですが、もしかしたら今訪れている人たちにとって、石巻は“ 被災地 ”というイメージが強いかもしれません。震災後『石巻市』という名前を知ったと言う人も多いですし、被災地を見るツアーのための観光バスは毎日のように目にしています。
けれども私がこちらに来て、住んで、いろんな人や場所と出会っていくと、石巻は元々たくさんの魅力を持っているということに目が向くようになってきました。被災地の状況を知るために実際に足を運ぼうという気持ちも、もちろん大事だとは思うのですが、果たしてどれだけの人が『もう一度石巻に行きたい』と思うかなと考えると、不安をこぼす人も少なくありません。
もう一度行こうと思うのはどんな場合だろうと想像したとき、ただ“ 被災地 ”を見るだけではなく、そこに行って『久しぶりだね!』と声を掛けることができる人がいるとか、かつて出会った美しい景色に季節を変えて見に行くとか、もうひとつ“ プラスの出会い ”があるからだと思うんです。
日和アートセンターで行っている展覧会もアーティスト・イン・レジデンスも、目的のひとつにそういうプラスの出会いを産み出したいという気持ちがあります。
アーティスト・イン・レジデンスというのは、美術作家が実際に石巻に住み込んで、公開で作品制作を行い、そのまま展覧会まで行うという新しいスタイルのエキジビションだ。
なかなか会う機会のないアーティストが、この町で生活するということは、さっきまで一心不乱に彫刻刀で板を削っていた人がスーパーで買い物をしたり、本屋さんで立ち読みしたり、自分でつくったごはんを食べていたり、ごくごく普通のようすを見られることなんです。
展覧会に出品するアーティストと観客という関係ではなく、○○さんと○○さんという関係を日常生活の延長で築くことができるのです。
立石さんの足もとをみると、服が白いペイントで
汚れている。制作中の作家の作業を手伝った跡だ。
注**)京浜急行線「日ノ出町駅」から「黄金町駅」を
結ぶガード下の路地、通称・黄金町エリアの不法飲食店を摘発した結果、空洞化した町をアートに
よって活性化してきた活動。現在も開催中の黄金町バザール(2012年10月19日~12月16日)、
アーティスト・イン・レジデンスの活動の場として開設された「BankART桜荘」などの活動を指す。
横浜トリエンナーレなどアートイベントとの連携も行われている。
人と人が新しく出会ったり、さりげなくつながっていけたりできる環境。立石さんは現在の石巻が持つ“ 人と人とのつながり方 ”にアートの新しい可能性を感じている。
アートという敷居をとっぱらって
立石さんは静岡の大学でアートマネジメントを学びながら、将来は「地元でアートの動きをつくり出す仕事」をしたいと考えるようになった。地元の静岡には、彼女が目指す活動を行う適当な場所が見当たらず、卒業後はアートをめぐる動きが活発な横浜に出て、多くのアーティストやアート関係者と知り合いになってきたという。
そんなさなかに東日本大震災が発生する。立石さんの活動フィールドだった横浜市は、NPOなどと連携してアートによる街づくりを進めてきた実績を活かし(注**)、文化的な側面からの復興支援を行おうと、アーティストやNPOとの連携のもと石巻市で活動を始める。
それが日和アートセンター設立の端緒となった。
横浜市で活動しながら立石さんが感じていたのは、日本のアートシーンの中心として、アーティストにも鑑賞者にも恵まれている「東京界隈」ではなく、日本の中にふつうにある街、地方の都市で「アートと人をつなげる」活動がしたいという思いだった。
だから、石巻市での活動は、彼女にとって願ってもないチャンス。日和アートセンターのスタッフとして選ばれたのは「幸運だった」という。
お話を伺っている間も、ガラス扉をあけて町の人がやってくる。公開制作中の作家ちばふみ枝さんの横には、お隣の石巻工房関係者の子どもたちがペタンと座り込んで、お菓子を食べながらアーティストや立石さんに話しかけたりしている。
立石さんの理想と考える姿が、すでに形になっている――。そう思えるような風景だが、
いえ、まだまだです。もともとアートに興味があった方や、たまたま知り合いになった方など、まだここを知っている石巻の人は少ない。もっと多くの地元の方がふらっと立ち寄ったり、関わることができるようにしていくことがこれからの課題です。
ひとつには、運営面で地域の方々にも参加してもらって、日和アートセンターを地域のちからで動かしていくことが必要だと思います。
また、“ 日和アートセンターに来れば何ができるのか ”を分かりやすく打ち出して行くことも不可欠だと考えています。東京や横浜ならば、こういうスペースに立ち寄る方は『ギャラリーでの時間の過ごし方』を知っていらっしゃる方が多いと思いますが、ここではなかなか難しいと思う。これまでにあまり前例のなかった施設ですから。
たとえば、町がらみの大きなプロジェクトを、参加者中心のワークショップという形態でやるというのも方法かもしれませんね。
とはいっても、ルールやマニュアルがあるわけではないので、最終的にはその人なりの過ごし方を見つけていただくことが日和アートセンターの目標です。
注***)立石さんがプロデュースする活動は、「いわ
ゆる美術モノ」にとどまらない。毎週火曜日に開催されている「ふゆのほっこり編み物の会」や、食事
と音楽のイベント「まんまる夜の会」など、人と人をつなげる幅広いイベントが、日和アートセンターと
石巻の町中で進められている。震災を機に石巻は変わったと言われる。町の人々と、外からやってくる人たちの、かつてなら考えられないような自由なつながりが町のいたるところで結ばれている現在の石巻だから、アートと人、アートを介した人と人の関わりが深まっていく可能性は高い。日本中のどの町よりも、もしかしたら可能性がある町といえるかもしれない(注***)。
ここであんなことしたね、と思いだせるような町に
町・アート・未来という言葉をつなぎ合わせると、「子どもたち」というキーワードが浮かび上がってくる。将来の大人である現在の子どもたちに向けての活動について、インタビューの締め括りとしてたずねると、立石さんは、うーんと少し考えてから話し始めた。
正直なところ、子どもたちへの特別な働きかけは、今のところ考えていないんです…。
子どもたちって、こちらが用意しなくても自分たちで見つけていくような気がしていて。子どもたちとの関わり合いはとても繊細な問題だと考えているし、専門でやっている方がたくさんいらっしゃいます。私が今、働きかけていきたいと思うのはむしろ大人の方々なんです。
年配の方とお話ししていると、かつて高度成長期に日和アートセンターがある市街地が栄えていた時代のことが話にのぼることがよくあります。そのときの表情が、私はとても好きなんですよね。けれども震災の前にはシャッター通りになってしまっていて、子どもを連れた人たちが買い物をするような場所ではなくなっていたみたいなんです。
このまちが元気を取り戻すには、いまや郊外に住んでいることの多い子どもたちをこの市街地に連れてこよう!と思い立つ、大人の存在が不可欠なんだと思うのです。
先日、作品を全部見終えたお母さんが『こういう世界をずっと子どもに見せたくて、今回子どもを連れてきたんです』とおっしゃってくださったときは、ああ私が目指すのはこういうことなんだなと強く思いました。その上で子どもたちには、自分たちのちからでここでの面白いことを見つけてもらいたい。そして将来その子が大人になった時に、ここで○○をやったよね! と楽しく思い出してもらえるような市街地にすることが私の大きな夢です。
ちなみに、下の写真の立石さんが見つめているのは、横浜のアーティストが持ってきたハマっ子メダカの水槽。何か特別なことをするのではなく、さりげなくつながっていける等身大のことを、立石さんは毎日、つみ重ねている。
石巻の問題って、被災地に限ったことではなくて、日本の全体の問題だとみなさんがよくのおっしゃるのを耳にします。私もまさにその通りだとと思います。この町で起こることがきっかけになって、新しい動きが広がって行くかもしれません。東京や横浜といった中心ではない地方都市で、アートが町にできること。それをこれからも粛々と考えていきたいです。
立石さんが見つめるその先にあるのは・・・
日和アートセンター
石巻駅から約10分のアイトピア通りにオープンした新しい文化芸術交流拠点〒986-0822
宮城県石巻市中央2−10−2Tel & Fax : 0225-24-9780
Homepage:http://hiyoriartcenter.com/E-mail :info@hiyoriartcenter.com
11:00~19:00不定休(展覧会によって異なる)
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)