【シリーズ・この人に聞く!第179回】弁護士 太田啓子さん

「男らしさ」から自由になるためのレッスンというショルダーに惹かれて手に取った本書は、息子を育てる母にとって看過ごせない事柄がたくさん書かれ、娘を育てる立場でも非常に参考になります。発売後1万部突破という話題の一冊。弁護士であり男児二人を育てる母でもある著者の太田啓子さんにジェンダー平等時代の子育てについてお聞きしました。

太田 啓子(おおた けいこ)

弁護士。2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件。セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすかわ)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。
共著に『憲法カフェへようこそ』(かもがわ出版)、『これでわかった!超訳特定秘密保護法』(岩波書店)、『日本のフェミニズム since1886性の戦い編』(河出書房新社、コラム執筆)、著書に『これからの男の子たちへ』(大月書店)など。

ジェンダー平等意識を改めるには男子から教育を。

――朝日新聞に載っていた太田先生のコラムをある日たまたま拝見したのがきっかけで、ジェンダーについてこんなにハッキリ言ってくださる弁護士先生がおられるのかー!とすごく感動してすっかりファンです。今日はご著書「これからの男の子たちへ」に基づいてお話をお伺いします。最初にこの本に託した思いをお聞かせください。

私は弁護士として離婚事件、セクハラ事件で問題行動を取る男の人をとても多くみています。裁判の過程で考え方を改めるかというと中々そうならない。法的責任を負うことになっても負け惜しみや開き直りで、慰謝料も払うけれどものすごく渋々であったり反省が薄い。自分の暴力性やハラスメント性を認識させるのは本当に難しいことだと日々実感しています。何があったら変わるか?を考えてみるとその人の40年前、50年前に遡ってみないといけないのではとしばしば思います。子ども時代にどう教えるかがどれだけ大事か。子育ての時にジェンダー平等意識を刷り込むことが大切ではないか。そうしないとなかなか意識を改められない男性を量産してしまう…と思いました。私も息子を育てる立場で、社会から性差別や性暴力をなくすために男の子に対してどうメッセージすればいいのか?という指針がないから、誰か教えてほしいな~と。私は悩みながら話していますが、皆さんはどうですか?と口火を切った思いです。

父)シュッシュッ パパの方が強いぜ! 子)ママにはすぐ負けるのに?

――たくさんの方からの反響があったのは、皆も共感したからですよね。一般的に男の子を育てるうえで誤解をされていると思われる点はどんなことですか?

本にも書きましたが、ひとつには「男子おバカ」説。読者からの感想も一番多かったのですが、「男子ってホントにバカだよね~」とか、「男子は幼いよね~」とかいうのがお母さん同士の会話である。目の前の現象をみて確かに親しみを込めてバカみたいと思うことはありますが、幼稚さ、拙さ、かわいさを「男の子だから…」と括ってしまうのはとてもモヤモヤした思いがあります。

――確かに。私も息子を育てましたが、女子に比べてバカすぎる!と憤慨することばかりでした。でも男子だからバカというわけではないのをまず認識改めないといけませんね。

大きな傾向として、行動の幼稚さに男女差があるかもしれませんが、それは本当に先天的にそうなのか。実は、大人が「男の子だから」と許してしまっているという側面もあるのでは。看過ごしてしまうことで暴力性の萌芽を許すことにつながってしまわないか。「男は少年の心をもっている」とか、「男のやんちゃさを、女の人がやれやれと許してくれる」みたいなファンタジーをなぜか抱いている男性は結構多い気がします。「少年の心」による「やんちゃ」な言動は、しばしば、誰かに我慢を強いるわがままな行動だったりもするんですが、なぜか許されると思い込んでいるのはどうしてなんだろうとよく思います。そう思う時、「男子ってホントにバカだよね~」と言ってしまうことが気になるんですね。母親が「男子はそんなもんだよ~」と言い続けていると、男の子の幼児性やダメさを克服し成長させるための働きかけが甘くなってしまう気がする。でも言うべきことは言わないと。

――先生の息子さんは3歳違いで兄弟喧嘩もなさると思いますが、叱り方はやはり冷静でいらっしゃる?

兄弟喧嘩もしますし、私も叱りますが場面ごとで彼らへの伝え方は違います。私は3人姉妹の長女として穏やかに育ったので、誰かを大きな声で怒鳴るとか激しい声を上げるということは、そもそも私のネイチャーにはないんです。でも息子たちの子育ての中でそういうことをしなくては伝わらないのかなと感じる場面はあって、あえてそうすることもあります。私の父に「啓子のこういう声は初めて聞いたな」と笑われたくらい、本当に私のネイチャーには反することなのですが、それでもこれは厳しく言わなければと思うことは厳しく伝えようとはしています。

私は聞き分けの良い優等生で親に叱られるようなことがなかったんです。なので、息子たちとの日々は、どうしてこれがこうも伝わらないの?という異文化に直面しているような(笑)。小学6年生と3年生の二人の息子は、私が言葉で伝えればその年齢なりの理解はしています。どれだけわかっているのか心許ないことはありますが、少なくとも、こちらが真顔で話していることについては、こういうテーマはおかあさんは真剣である。言いたいことがたくさんある。ということは受け止めています。真面目に聞かなくちゃという思いはあるみたいです。

法学部のない大学から司法試験合格。

――叱られない優等生は親としても育てやすかったのではと思いますが、先生は子どもの頃は何が好きなお子さんでしたか?

本を読むのが好きでした。1歳下、3歳下の年齢が近い妹がいたので仲良しで友達のような関係でした。習い事はピアノを6年生くらいまで淡々と習っていました。他にはスイミング。運動神経はあまり…で球技は得意ではありませんでしたが、水泳は人並みに泳げました。中学受験をしましたが中1の1学期だけ通って、父の仕事の都合でニューヨークへ。2年半ほどNYで過ごして高校受験の時にまだ父はニューヨーク駐在でしたので、寮のあるICUに進学しました。高校途中で家族が日本に帰国したので寮を出て、自宅から通いました。

三姉妹の長女として穏やかに育った。

――優秀でしたね。ニューヨークで過ごされた2年半は人生の中での転換期となりましたか?

すごくいい経験でしたが、学校自体は文科省のカリキュラムでやっていたので日本と変わらず。ただ、学校にはずっとNYで生まれ育って日本語が不得意で帰国前に日本のカルチャーに慣れるために通っているというような子もいて、学校全体の雰囲気はやはりアメリカナイズされていたし、日本の中学校のような部活動はなく、服装も自由で校則もなかった分、カルチャーは好きでした。車がないと通学できないので、送迎も親がかりでしたのでグレようもなく。

――弁護士を目指されたのは早い時期からでしたか?

高校からICUに通い、受験した結果結局大学もICUにしました。大学受験の時は、そもそも17.8歳で進路を決めるのはおかしいのでは?という気持ちもあって、いろんな可能性の中から道を選択できる学校で学びたいと思って、そういうカリキュラムの大学を選んだのです。いつか弁護士にと漠然とは思っていましたが、会社員を経てから弁護士になる道もいいなぁと思っていたので、法学部の受験は考えませんでした。

私は「やらなくてはいけないこと」をこなすのが上手な優等生でしたので、大学に入りたての頃は「やらなくてはいけないこと」がぽっかりとなくなって、「やりたいこと」って特にないな…と。「やらなくてはならないこと」ばかりやってきて、「やりたいこと」を考えてこなかった自分を振り返ることになって。いろいろと迷いながら就活をする学生の姿を見て、それも何か違うように思い、弁護士になって性暴力に関する事件に取り組みたいと勉強を始めたのが21歳。試験に合格したのは24歳でしたので、予想より早くなれました。

――なかなか選びたくても凡人には叶わない道です。性暴力被害に遭われた女性が「あなたに隙があるから狙われるんだ」と責められるという話も聞きます。被害者、加害者どちらもうまないために、先生はどういう教育が必要だとお考えですか?

被害者に非があるはずはないのに性犯罪では被害者が責められやすい。例えば強盗に入られた時に、あなたの家の施錠が甘かったから…とは言われないですよね。性暴力の場合、男の自然な欲望がたまに暴走してしまうのだから、女の子はそれを助長させないように…というような変な論理が社会に定着してしまっている。それっぽい説が耳に入るようなら「今、あのコメンテーターがああ言ったけれど、それってこういう理由でお母さんはおかしいと思う。問題意識をもって考えないといけないよ」と、伝えます。

過ちを認める強さを持つ。

――そういった意見を伝えるのは大切ですね。先生はお仕事柄もちろん問題意識もおありですし、お子さんはまっすぐに受け止めておられますか?

もちろん年齢なりの受け止め方をしています。さらっと流さないで、問題意識を伝えること。その時はわからなくても、しばらくして「あの時お母さんが言ったことはこれかな?」と、何か引っかかるフックを植え付けておく。どれだけの効果があるか?は私もまだわからないのですが。時事的なニュースに関しても同様で、国会中継を子どもと一緒に観ます。観ているとおもしろいこともありますし、菅首相のモタモタした噛み合わない答弁と、アメリカの副大統領に就任したハリスさんのスピーチとの違いを比較してみたり。社会のメッセージに目を向けることはどんなテーマでも大切だと思います。

弁護士試験は24歳で合格した。

――国会中継を親子で観るというのは今の時代、すごくいい教材になりますね。情けない答弁も含めて、どうなれば世の中がもっと良くなるのか?考える機会になりますし。ご家庭の教育方針はこうした意見交換の場を作ることでしょうか?

いろんなことを言葉にすることです。子ども自身に子育て相談をしているようなことも。そして、私も間違えてしまうことがある。言い過ぎてしまったり、違う言葉にすればよかったのに…という時は積極的に謝るようにしています。悪かったなと思った理由も言います。

弁護士業務でみかける、問題行動を起こした男の人はあまりにも謝らない。政治家もそうですね。何かある行動で過ちをおかしても全人格を否定されるわけではないのに、なかなか過ちを認めない。自分の過ちを認めるはむしろ強さですし、人間的な成熟だと思っているので。過ちを認める背中を積極的に見せようと(笑)。子どもにも過ちを認められる人になってほしい。

――いろいろな意味で私自身が見習わなくては!です(笑)。離婚問題を多数手がけられる中で、世の中がどう変わるべきだとお感じですか?

統計からみても明らかに日本社会には性差別構造があるのですが、それをなんとかして変えなくては、という社会全体の動きが鈍いような気がします。

いろいろとモヤモヤしてる思いは特に女性にはあると思うのですが、そのモヤモヤした経験を必ずしも「性差別」という言葉で認識しているとは限らないですね。女性をエンパワーし、男性も当事者としてまきこんで性差別構造を変えていこうという具体的な動きが必要ですね。

私が多く扱っている離婚事件は、社会全体のマクロなレベルでの性差別構造が、ミクロなレベルで凝縮して表れる事件分野です。要は社会全体の男女間の経済格差が、家庭内では夫婦間の経済格差にスライドしています。日本は手続き上ある意味簡単に離婚できる国で、離婚の合意があって、未成年の子がいたら親権者さえ決めれば離婚できます。外国には、一定期間の別居とか養育費の取り決めが必要などある意味離婚手続きでのハードルがもっとあることが多いようです。結婚すると、家事育児介護が女性に偏って、それが女性の経済力の足かせになっていることが本当に多い。女性自身が当時はそれを望んでいたとしても、離婚するとなると、経済力のなさが自由な生き方の選択を阻害するという冷徹な事実があります。社会でひとり親家庭を支える仕組みも貧弱ですから、女性自身の経済力が弱いと、夫が浮気を繰り返すとか暴力をふるうとかで離婚したくても、なかなかできないというような相談は日常茶飯事です。