広島を知る休日(1)

使用期限が迫っていたマイル(日本航空)があったので、特典航空券で行く3日間の家族旅行を計画。羽田空港から出発し、行先は広島空港です。広島には数年前に一度訪れたことがありますが、短い時間の中で宮島、平和記念公園を巡りました。

今回の旅であらためて再訪し、さらにもう少し範囲を広げて他の市にも。広島滞在後は、島根県の出雲大社まで行って空港まで帰ってくるという生後5ヶ月の息子を連れて行くことを考えると割とハードな行程…。(息子よごめん)

現地で過ごせる時間をフル活用したいということで、往路はJALの早朝便です。6時台の出発に間に合わせるために明け方3時に起床。(早すぎてつらいと思いましたが、出発当日は自然に早起きてしまいます)

自宅からは車移動。道中は前後左右と常時トラックに囲まれながら、予定どおり出発の1時間前には空港に到着しました。

早朝の羽田空港

これまで人に勧めることはあっても、実際に使うのは今回が初めてだったのが「JALスマイルサポート」です。羽田空港には専用カウンターがあり、荷預けやベビーカーの貸し出しなど様々なサポートを受け付けているので便利。これを利用しない手はありません。といっても今回必要だったことは荷預けぐらいで、手早く済ませた後は保安検査場を通過。

早朝便ということで仕事利用だと思われる方が多く、子連れは私たち含めて2組ほど。搭乗してから少し心配していましたが、周りに乗っていた方のお気遣いもあり、終始快適に過ごすことができました。

広島空港に到着!

広島空港から市内の中心部へ移動するにはリムジンバスの選択肢もありますが、自由に動き回れるレンタカーを利用。

空港からレンタカーの貸し出し場所に向かう途中、クリームパンで有名な「八天堂」のロゴの存在感が際立つ大きな建物が見えました。

レンタカー店の方に話を聞いてみると、ここは見学可能な八天堂の工場なのだそうです。到着してから早速、名物の「くりーむパン」を食べたくなりましたが、ここは我慢…。レンタカー店で手続きを済ませ、最初の目的地に向かいます。

さっそく宮島へ

初日は宮島と平和記念公園に行く予定。

まずは宮島へ行くため、島行きフェリーの乗り場がある宮島口駅まで向かいます。
平日の午前中であるせいか、乗り場は海外からの訪れた方や修学旅行生中心に賑わっていました。

客神社祓殿と五重塔

早めの昼食を済ませ、厳島神社へ。一方通行の境内は参拝順に注意が必要です。境内外に神社が鎮座しており、じっくり参拝しながら弥山(みせん)登山もするとなると丸1日かかってしまうのですが、今回は境内のみを散策しました。

前回は弥山まで行ったのですが、今回は断念…

平和記念公園へ

午後は広島平和記念公園へ移動。

園の中心・三角州を挟む2本の川があります。東側を流れているのが元安川。そして西側が本川(旧太田川)です。前回訪れた際は公園の北側から東側にかけて主に見学したので今回は西側から歩きました。

実際に歩いてもわからないのですが、ここはかつて複数の町で構成されていたエリア。被爆前は中島地区と呼ばれ、幕末~大正時代は広島市の繁華街として歴史のあるまちでした。今回最初に歩いたのは、本川沿いの左岸に面している(三角州の左側)、元柳町という町。

被爆前は人口は少なかったものの問屋さんや商店で賑わい、春になると川沿いに多くの花見客が訪れていたのだそうです。

小学校の中にある平和資料館

本川尋常高等小学校は、1928年(昭和3年)、広島市内の公立小学校としては初の鉄筋コンクリート造3階建ての校舎として建設されました。L字型に折れ曲がったブロックプランの校舎には、ホールや靴脱ぎ場があり、2・3階からのダストシュートも設けられていました。さらに1階部分の開口部や正面玄関などにもアーチを取り入れるなど、モダンな造りの校舎でした。爆心地から350メートルで被爆。その後いく度か補修・改修が施され、1988年に平和資料館として開館。被爆地から集めた展示品を見学することができます。

引用元:本川小学校平和資料館 | 文化施設 | 観光 | 広島の観光スポット | 広島の観光情報ならひろたび

元柳町があった場所から北西に進むと市内の児童が通っている小学校があります。ここは爆心地に最も近く、広島市で初めて建てられた小学校。児童約400名と職員10名の方々が亡くなりました。

爆撃を受け、廃墟と化した校舎は臨時の救護所として使用されましたが、やけどなど怪我を負った人々が押し寄せました。手当する術はなく、校庭は遺体の山となりその場で火葬されたのだそうです。

その翌年には残存した校舎を使って、児童45名と教員4名で授業を再開。校舎の一部を残し、平和資料館を開館しました。

実はこの資料館は小学校の敷地内にあるのです。訪れた時はおそらくちょうど下校の時間。

何人かの児童とすれ違いました。どんな反応をされるか若干心配でしたが、全く不思議がられることはありません。足がすくんでいた妻に大丈夫と言いつつ、堂々と正門から入っていきました。

次回へ続きます。