【復興支援ツアー2017】 命の大切さに気づく旅レポート byバイキンマン

この部屋で見た津波の映像は、その社長が撮った映像です。

津波が来る前の田老は静かです。その日は寒かったので、近所のおばさんがジャンパーをとりに来る姿も映っています。消防車も通りました。

少しすると、海の奥のほうに白波が立って様子が変わってきます。

どんどん水位が高くなって、ついに防潮堤を越えて、目の前を津波が通り過ぎます。白波が見えてからだいたい10秒くらいで防潮堤を超えて、津波が押し寄せます。

さっきまで目の前にいたおばさんも、すぐそこを通った消防車も、津波にのみ込まれてしまったそうです。

津波だと思ったら、あっという間に目の前の光景が変わってしまいました。

この部屋でお話ししてくださった、学ぶ防災ガイドのSさんの言葉が、印象的でした。

1.正常化の偏見
今までも大丈夫だから、今回も大丈夫。

2.集団同調バイアス
みんなが逃げないから大丈夫。

3.エキスパートエラー
行政が「津波は3m」と放送したので大丈夫。

引用元:学ぶ防災ガイドのSさんの言葉

災害時には上記の心理状態になり、避難が遅れて命を落としてしまいます。

学ぶ防災ガイドのSさんは子ども達に、「率先避難者になってほしい。」とおっしゃっていました。

まずは、大丈夫なんて考えないで逃げることが大切だということを、子ども達に伝えていました。

自分が率先して必死に逃げることで、周りの人も巻き込んで避難行動を起こします。

それによって、結果としてたくさんの人の命を救うことにつながります。

子ども達にもガイドさんの思いが伝わったのでしょう。「頑張ります。」と力強く答えていました。

〇 宮古市立田老第一中学校へ

震災当時、122名の中学生と住民を合わせた300名が、中学校の校庭に集まっていたそうです。

津波はこの中学校にもきました。そこには保育所の子どもと、近所の老人もいます。

その時、中学生達が「山へ登れ!」と言って、保育所の子どもを中学生が山に手渡しし、老人はお尻を持ち上げて全員で山へ登り、全員助かったそうです。

宮古市立田老第一中学校

田老では、避難の途中でお友達にお茶に誘われて、最大の避難をせずに亡くなった方もいらっしゃったそうです。

防潮堤は津波が来る時間を遅らせてくれるぐらいに考え、情報をうのみにせず参考にするぐらいにして、必死に逃げて命を守ることが必要だとおっしゃっていました。

どんなに大きな防潮堤があっても完璧ではない。

災害は人の想像を超えて、大きな被害を及ぼすこともある。

私たちにできることといえば、必死に逃げることだけなのだと思いました。

お話を聞き終え、宿泊先の『グリーンピア三陸みやこ』へ。

2日目は『鯨と海の科学館』へ!

今日は2018年2月11日(日)。

2日目は世界最大級のマッコウクジラ全身骨格を所蔵する、『鯨と海の科学館』へ。

下にいる人と比べると分かる、圧巻の大きさの標本

『鯨と海の科学館』は震災時に津波が押し寄せ、被災しました。

館内にあるマッコウクジラ標本も水没ますが、流失せず、かろうじて原形をとどめたそうです。標本は洗浄と修復し再度展示されました。

鯨と海に関するクイズや3Dシアターなど、子ども達は大喜びで見て、体験していました。

多くの方に来場していただくため、再オープンにあたって以前よりも入館料を下げたそうです。

巨大なクジラの標本も圧巻です。

子どもも大喜びの『鯨と海の科学館』は、ぜひ訪れてほしい場所です。

パネルのクイズの奪い合いをする子供たち・・・

昼食は釜石ラーメン!

昼食に訪れるはずの『語り部飲食店』は現在休業中とのことで、釜石の『こんとき』へ。

震災で店舗が流され、現在仮設商店街『はまゆり飲食店街』の一角に店舗を構えます。

澄んだ黄金色のスープに、細い縮れ麺が特徴の「釜石ラーメン」は、子ども達も大好きな味でした。

黄金色のラーメンは、あっさりしていて食べやすい。
モリモリ食べる子ども達

釜石のガイドFさんのお話

釜石では、観光ボランティアガイド会のFさんにお話しをお伺いしました。

釜石駅前付近は釜石港から4㎞沖の湾に、中央の開口部(300m)を挟んで北堤(990m)と南堤(670m)の湾口防波堤があるそうです。

水深(63m)の防波堤は、津波の被害で8割ほど崩れてしまいましたが、この防波堤が津波の力を弱め、海から1㎞程離れた駅前は1m程の津波だったとおっしゃっていました。

駅前交番の壁にある、津波の高さを示した看板

〇 釜石市立釜石東中学校、釜石市立鵜住居(うのすまい)小学校

釜石東中学校は、震災の津波によって4階建て校舎が全て水没したそうです。

地震発生直後に津波が来ることを考え、学校にいた生徒は約1.5キロ離れた峠まで走って逃げます。隣の鵜住居(うのすまい)小学校の児童の手を引き、保育所の園児をリヤカーに乗せ、子供たちは一生懸命走り生き延びたそうです。

一生懸命避難する子ども達の姿が、近所に住む方々の避難行動を誘発し、多くの方が助かりました。