台風一過、午前九時

台風9号が通り過ぎた早朝の陸前高田。まとまった雨が降ると必ず水浸しになる交差点付近で、10人近くの現場作業員が働いていた。

交差点を左折すると、かさ上げされた土地に作られた道路に通じる。しかし、作業員たちは脇目も振らず一心にスコップで道路の土を掻いている。豪雨で流れ出した泥が道路に溜まったのだとすぐに分かった。左折のウインカーを戻して直進すると、作業員の一人が顔を上げて笑顔で会釈した。その顔は日焼けと泥で真っ黒だった。

台風一過の早朝? いや違う。その場所を通ったのはすでに午前9時に近かった。いつもなら8時前からダンプや重機が唸りをあげるのに、この日は現場がやけに静か。豪雨で被害を受けた箇所の復旧を行わなければ、本来の作業を始められなかったということか。

海沿いを走る国道45号線を迂回して、かさ上げ工事現場を通り、先ほどの交差点に反対側から近づくと、道路の泥出しは何とか一段落したらしい。作業員たちは次の作業に向けての段取りを始めていた。

8月22日の昼、関東地方に上陸した台風9号は東日本を南から北に縦断した。台風の進路の東側になった東北の沿岸地域は、夜から明け方にかけて激しい風雨にさらされた。仮設住宅では鉄板の屋根に雨が打ち付けてくる轟音で眠れなかったという声もあった。

そんな一夜がようやく明けると、文字通り台風一過の青空が広がっていた。雨も風もウソのようだ。

しかし、現場の建設作業員たちにとって青空はただ美しいだけのものではなかったかもしれない。陸前高田のかさ上げ工事現場では、来年の一部オープンを目指す中心市街地の施設工事が始まっている。その工事現場をコアに、周辺のかさ上げ工事や道路工事も急ピッチだ。台風一過の青空を見上げる暇もなく、この朝は工事現場の見回りと、破損した道路などの復旧に取りかかったに違いない。

交差点から、広大なかさ上げ工事現場をぐるりと一周すると、一本松茶屋前では暴風で飛ばされた金属パネルの復旧工事が行われていた。見たところ、元請けか中請け企業の監督員らしき人たちが4、5人で、破損したパネルの取り外しと、支柱の点検をしているようだった。

かさ上げ工事現場の中を通る道路では散水車や路面清掃車が走り回っていた。ゆっくり走るので、これらの作業車の後ろには小さな渋滞ができていたところもあった。

仮設道路の細い歩道を、スコップを担いで歩いて行く集団もいた。すでに高い空から照りつける日差しに、顔をしかめるようにして歩いて行く。

建設工事現場にスコップというとお決まりの組み合わせのような印象があるが、実はそうでもないという話を聞いたことがある。現場作業の機械化が進んだ現在は、力仕事の多くは機械がしてくれる。とくにここ陸前高田のような大規模な造成工事現場では、仕事の99%が機械を運転することという人も少なくないらしい。

しかし、夜間の豪雨で溢れた土砂のかき出しといった仕事は、なかなか機械任せにはできない。復旧を求められる場所の多くが通行量の多い道路、しかも朝の通勤時間だからだ。

大型重機やダンプを駆使したいつもの作業を始めるためにやらねばならぬ人力による作業。スコップを担いだ一団のしかめっ面は、日差しの眩しさのせいだけではなかったのかもしれない。

通行量の少ない山沿いの市道では機械による作業も行われていたが、リアには「除雪中」の看板。この朝の復旧工事は、除雪用の車両まで繰り出して行われていたのだ。

通行量の多い道路では、人力作業でもたちまち渋滞ができる。路肩の復旧工事を急ぐ作業員たちと、ずらりと連なる通勤や仕事の車。

被災地でなくても、大雨が降れば各所で同じような光景が見られるだろう。しかし、仮設の道路やかさ上げ工事の途中など、仮の現場が広がる被災地は、復旧のための工事の箇所がとてつもなく多い。

通行止めになるほどの大きな被害が出たわけではないから、この朝の慌ただしい復旧工事や渋滞がニュースとして伝えられることはないだろう。これは被災地の日常の一光景に過ぎなのかもしれない。

いつもと違う人力で、復旧を急ぐ作業員たち。渋滞に巻き込まれてクラクションを鳴らすわけでもなく仕事へ向かう人たち。このような日常の先に復興がある。いや、この日常を続けていくことこそが復興と言ってもいいだろう。

ここで生きているすべての人の中に「復興」はある。台風一過の朝、実感したのはそういうことだった。