2019年に開催されるラグビーワールドカップ。国内12カ所の開催都市のうち、スタジアムがまだないのは、かつてラグビー日本選手権でV7を達成した新日鉄釜石の本拠地だった釜石市だけだ。
3年後の夢の舞台「鵜住居」のいま
もちろんスタジアムの建設準備は着々と進んでいる(はず)。予定地は東日本大震災で小中学生たちが率先避難を実行したことで有名な同市北部の鵜住居(うのすまい)小学校、釜石東中学校の跡地だ。
大会を3年後に控え、現地でもきっと盛り上がっているはず——と思い、スタジアムの建設現場を訪ねてみた。
地番から判断するとここに違いないのだが…
鵜住居に行けば、ラグビーワールドカップ2019のホームページや釜石のラグビーカフェにも展示されているイラスト入りの大看板や、町を盛り上げるモニュメントがデーンと派手に打ち出されているものと思い込んでいた。少なくとも建設現場には、「安全第一」のバナーに並んで、「成功させよう!ラグビーワールドカップ」といった看板が出されているに違いないと思っていた。
国道45号線を南から北に走ってみる。高台では学校の建物の建設が進んでいる。災害公営住宅の建設も急ピッチだ。道路沿いには少しずつ商店も増えている。しかし、ワールドカップ開催を示すなにもない。ラグビーのラの字すら見かけない。かつて大会誘致の頃、電柱ごとに設置されていたペナント型のバナーすらない。
かさ上げ工事などで通行止めの道路が多いので、震災時、小中学生たちが避難した峠近くの国道の分岐までいったん戻り、かつて小中学校があった方へ坂を下る。かつて駅や町があった場所も、小中学校がたっていた場所もかさ上げ工事や造成工事で一変してしまった。ビジターである私には小中学校の跡地を探し出すのがやっとだった。
それがここだ。
工事の看板は掲出されているが、やはりここにもワールドカップの表示はない。工事看板の表示にもいっさいラグビーの文字は記されていない。たしかにここが建設予定地とされている学校跡地だと思うのだが、さすがに不安になって工事看板の地番も確認してみた。間違いない。
間違いないということは、復興が進む鵜住居の町では「ラグビー」も「ワールドカップ開催」も大きな話題ではないということなのか。それを現実として受け入れるしかないということなのか。
造成工事用の丁張りが、本格工事が近いことを示しているが、何の変哲もない丁張りだ。まあ、「がんばれ東北!がんばれ日本ラグビー!」なんてシールが貼られたり、落書きされたりすることなく、粛々と工事の準備が進められているということなのだろう。
※ 注:工事用の丁張りには手を触れないようにお願いします。再確認や再設置が必要となり工事が遅れてしまいます。シールや落書きなどもってのほかですのでご注意を!
看板はなくても、きっと胸の中に…
この場所にたどり着くまで、自分が通った道を思い返してみる。鵜住居地域に入ってからは、ずっと道の両側、あるいは片側は津波の被害を受けて、再建のための工事が現在進行で行われている現場だった。津波を免れた建物や、被災後に新築された住宅や店舗はごくわずかしか見かけなかった。
大震災から5年3カ月。ワールドカップが開催されるからといって浮かれてはいられない。それが現在の鵜住居の現実なのかもしれない。
そんなことを考えながらクルマを走らせていたら、新築された家の前でおじさんとすれ違った。クルマを停めて聞いてみた。「ラグビーのワールドカップの会場って、どこにできるんですか?」
「ああ、この道バックして海の方に走っていったら、ほれ小学校とかあった場所があるだろ。あそこにできるんだよ」
突然呼び止めたのに、おじさんは笑顔で教えてくれた。「でも、さっき行ってみたんですが、小学校だった場所もよくわからなくなってしまって。災害公営住宅造ってるとこから、川を渡った先ですよね」
「うん、ほんとに何も無くなったからなあ。うん、でも競技場はほれ、その学校があったところなんだ」
どうして看板くらい出さないんですか、とは聞けず、「看板でもあれば分かりやすいんでしょうけどね」と言ってみると、
「う~ん、看板なぁ。ねえなあ、でもなあ、学校あったところに出来ることはみんな分かってるからな」とのことだった。
看板なんていらない。少なくともいまはまだ。町が消えてしまうくらいに大変な被害を受けた鵜住居の町で、ラグビーのワールドカップが開催される。世界最高レベルの試合が、3年後、この地で繰り広げられることになる。
釜石の人たちはちゃんと知っている。今はまだ造成途中の工事現場でしかないけれど、この場所が世界の舞台になることを。
「う~ん、看板なぁ」とちょっと困らせてしまったが、おじさんが言いたかったのはこういうことだったのかもしれない。
開催に向けて盛り上げていくことも大切だが、ワールドカップで世界からやってくるお客さんたちに、震災から立ち直った釜石の姿を見えてもらうことが一番だ。