青い空、紺碧の海のあいだを白い海鳥がゆったりと飛んでいく。ここは三陸・大船渡。銘菓「かもめの玉子」の生まれ故郷だ。
お菓子のご紹介だけど、お菓子とはまったく関係なさそうなエピソードをひとつ。
それは冬休みの休日に開かれた、こども達のワークショップでのこと。タンバリンの音に合わせてみんなでぐるぐる歩きながら、合図と同時に何人かのグループをつくって、お題を体で表現する。
シャンシャンシャン…パン! 2つのグループができる。「じゃあ、今度は大船渡を代表するモノを体で表現してください。時間は5秒!」
「どうする? なんにする?」グループになったみんなが顔を見合わせる。時間はたったの5秒しかない。「やっぱりこれでしょ」。
どちらのグループも、それぞれが体を丸めたり、手や腕で丸をつくったり。片方のグループでは一人が両手を広げて飛んでいる鳥のポーズ。グループ同士で相手チームが何を表現しているのか当てっこするはずが、すぐに分かってしまう。
「なんだ、そっちも同じだったんだ~」
大船渡の、そして三陸に暮らす人たちにとって「かもめの玉子」がいかに親しまれているのか、存在感のあるお菓子なのかを実感した出来事だった。
震災後1カ月で再開し、地元でがんばり続ける
かもめの玉子の製造販売元さいとう製菓は、東日本大震災で本社や店舗に大きな被害を蒙った。地震の後、すぐさま避難したため本社屋の社員は全員無事だったが、津波は大船渡の町の海辺近くを破壊しつくしていった。
しかし、さいとう製菓は被災企業としていち早く町の人々の支援に乗り出す。かもめの玉子は避難所を中心に25万個が配布されたという。そして震災の1カ月後には工場での生産を再開。被災地には仮設の店舗も建てられた。
工場や店舗の再開は、被災した町に再び働く場所を提供した。1カ月後の再開は驚異的といえるだろう。さいとう製菓のすばらしいところは、震災前の主力商品のみならず、震災後にも次々と新商品を開発していること。さいとう製菓のページには、季節限定品も含めて、かもめの玉子シリーズだけでも多彩な商品が並ぶ。
「黄金かもめの玉子」は東北の黄金文化にあやかって開発されたぜいたくな逸品。
選別された栗がまるごと一粒、柔らかな餡に包まれている。外側には金箔の飾り付けも輝く。
おめでたい席に合わせた「紅白かもめの玉子」や、りんごの果肉が入った「りんごかもめの玉子」など、リアルな店舗に入ると、あまりに多くの商品に目移りしてしまうほどだ。
平成26年4月から運行が始まったJR釜石線のSL銀河C58-239。それを記念して発売された「SL銀河C58 239」はなんと石炭のイメージだという。ほろ苦いビターチョコクリームをカステラ生地で包み、ブラックココア入りのスイートチョコで外側をコーティングしている。
年に一度だけ出会える季節限定商品も見逃せない。「みかんかもめの玉子」は冬限定。発売日を告知するほどの人気商品だ。こたつに入ってみかんを食べるような感覚で、ほんのり柑橘色の玉子をほおばると、ミカンソースの香りがふわっと広がる。
さらに恵方巻きの形のロールケーキ、土用の丑の日のうなぎのかば焼きそっくりのスィーツ、茶わん蒸しに見えるプリンなど話題性ばっちりな商品もある。
次々と生み出される新商品を見ていると、さいとう製菓の「気持ち」が伝わってくるのだ。美味しいお菓子を提供するという菓子店の基本はもちろんのこと、お菓子を通じて町の賑やかしを目指していることがよくわかる。
あらためて「かもめの玉子」を食べてみよう
かもめの玉子の基本は、黄身餡を生地でくるんで玉子の形に焼き上げて、外側をホワイトチョコレートでコーティングしたもの。地元を代表する銘菓でありながら、黄身と白身と殻が再現されたアイデア菓子だということがわかる。和菓子と洋菓子の特徴がミックスされたお菓子だが、素朴でなつかしい味わいが魅力だ。
ひとつひとつのお菓子が、こだわりの結晶でもある。創業以来の「玉子の形」へのこだわり。殻の部分をホワイトチョコレートに変更するなど、自己変革していくことへのこだわり。東北北部産の小麦粉「キタカミ」を使うのみならず、地粉の風味を生かすために一本挽きの全粒粉を使用。乳製品やフルーツも岩手県や近隣県の地元素材が中心という、素材へのこだわり。
そんな菓子づくりを続けるさいとう製菓に受け継がれている精神も、こだわりと言うほかないものだ。創業者は昭和の三陸地震津波を経験し、現在の経営者もチリ地震津波を体験したという。そして多くの人々の命と町を奪った東日本大震災。大津波を乗り越えたからこそ、再開に全力を注いだ。そして防災の精神を伝えてくことに力を注ぐのも地元・被災企業としてのこだわり。
知れば知るほどに、奥が深いお菓子なのである。
これから三陸地域が復活していくには観光が欠かせない。観光といえば定番のおみやげは重要なアイテム。三陸の銘菓「かもめの玉子」。青い空と紺碧の海、そして東北のあたたかな人情を思いながらほおばれば、美味しさもいっそう増すだろう。お菓子に込められたものを知れば、味わいは奥行きを増していくことだろう。
お菓子は、ちいさな語り部。
東北の旅のおみやげには、おみやげ話もお忘れなく。
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