海水注入 ~発電所内では検討が進められていた
ベントが本当にできたのかどうか、格納容器の破損はどの段階で起きたのか、1号機の爆発を水素爆発と断定する根拠がどこにあるのかなど、素人目で見てもベントは重要なテーマなのだが、質問者は「ラプチャディスクの性質上はっきりは分からない」という回答に満足して、話題を転じる。
次の話題は「海水注入」。いったん原子炉に海水を入れてしまったら、その原子炉は廃棄するほかなくなってしまう。その重大な判断がどこで、どのように行われたのか。
○質問者 それで、その後、ベントの話があって、そこから14時53分のところで、消防車による原子炉への淡水注入、80トン、累計注入完了とありまして、その1分後のところで、原子炉への海水注入を実施するよう、発電所長指示とあるんですけども、これは、それまで淡水を防火水槽などを水源にして、水をどんどん入れていて、それが現状ではほとんど真水がほとんどなくなったという状況なんですか、この累計完了というは、それで、引き続き、この海水注入を実施するよう発電所長。
○回答者 これは、引き続きじゃなくて、ごめんなさい、ここも表現を正確に言いますと、14時54分の前から海水注入の準備はしていたんです。ですから、海水注入の準備をしなさいという指示は、もっと早い時点にしているので、ラインナップが、もう既にこの時点でできるようになっているので、では、海水注入を実施しなさいと、これはどちらかというと、準備指示ではなくて、実施指示に近いものを私はしていたような記憶があります。
ただ、それが、爆発でできなくなってしまったと、また、元へ戻ってしまったということなので、ここを正確に言うと、もう少し前の段階で、海水中のラインナップについても検討するように指示しています。
引用元:吉田調書 2011年7月22日 57ページ
原子炉に残されていた淡水はわずか80トンだった。次の対応、つまり淡水がなくなった後にどの水で原子炉を冷やすのか、その検討はすでに行われていた。準備も整えられていた。吉田所長はそう説明している。これに対して質問者は驚いたように訊き返す。
○質問者 これは、海水を入れるという初めての判断になると思うんですけれども、これは、例えば円卓の皆さんだとか、あとは本店のテレビ会議を通じて、本店の人だとか、そういう人たちと話し合った結果、海水を入れようとなったのか、どういう経緯で。
引用元:吉田調書 2011年7月22日 57ページ
海水注入 ~無限大の水源は海水しかないと腹を決めていた
海水注入は、「所長の判断で停止しなかった」というその後の経緯からも、吉田所長の決断が支持される要素の大きなもののひとつだ。途中で停止しなかったのみならず、所長と原発の現場では、本店や官邸からの指示や相談の以前から、海水注入の準備を整えていたわけだ。
○回答者 まず、だれかに聞いたというより、私ども無限大の水源は海水しかないので、淡水をいつまでもやっていても間に合わないと、だから、海水を入れるしかないと、腹を決めていましたので、だから、全体会議で言ったかどうかは別にして消防班に、海水を入れるにはどうすればいいんだという検討をさせて、それで、海から取ると、あそこは10メーターのあれがありますから(注:建屋と海面には約10メートルの高低差がある)、普通の消防用ポンプでは上がらない、ここが海で、ここが4メーターで(注:タービン建屋東側のエリア)、ここが10メーター(注:原子炉やタービン建屋が建つ地盤)、ここにタービン建屋、ここに入れるわけで、ここから水、10メーターは上げないといけないので、普通のサクション(注:吸い上げ)では無理なんですよ。だから、どうするんだと。
○質問者 中間のどこかに置かない限りは、もう無理。
○回答者 そうなんです。ブースターを置かないとどうしようもないので、ないわけで、どうするんだと、たまたま3号機の逆洗弁ピットとタービンで、津波の水が、海水がたまっているという情報があって、この水を使えと、本当に工夫なんですよ、とりあえず、それで、この水を使って、このピットに何とか海水をメーキャップするようなことを考えていくしかないということをやっていて、その後、消防車がたくさん来てくれたので、この揚場に2列つないで、ここから引き揚げて、2台でブースターみたいにして圧力を上げて持ってきて、ここにもう一台の消防車をいれるというラインナップがその後で完成するんですけれども、最初の1号機の状態は、ここにたまっている津波の水を使うという、極めて現場的なというか、そんなことしかできなかった。
引用元:吉田調書 2011年7月22日 57ページ
海水を入れるにしても、ただホースをつなぎさえすればいいということではなかった。海面から10メートルの高低差があるタービン建屋まで水を揚げるには、普通のポンプで吸い上げることは不可能で、途中で圧をかけてやらなければならない。そのうち、3号機に津波の水が溜まっていることを発見する。
揚水・送水するラインを準備するにしても、水源の発見にしても時間と手間がかかる。つまり、全交流電源喪失で消火用の配管を使って原子炉を冷却するしかないことが判明した時点から、海水注入の準備が進められていたということだ。
海水注入 ~本店との電話会議システムは音声を切れる
しかし、原発をおじゃんにしてしまう海水注入を本店はどう見ていたのか。勝手なことを進めて大丈夫だったのか。やや老婆心気味の質問ながら、このやり取りから現場のリアルな状況が想像できる。
○質問者 そういうやりとりをしていることについて、例えば本店なんかは把握して。
○回答者 そこは、準備しているだとか、細かい状況について報告していなかったんですね。
○質問者 聞いていて、何か向うの方で、海水、海水といっているんだけれども、大丈夫かみたいな感じにはならないんですかね、映像と音声で、報告しているんじゃないですけれども、こっちの方で、そういう所長以下でやっているのが聞こえてきて。
○回答者 音声切っていますよ。
○質問者 切れるんですか。
○回答者 切れる、発言のときだけ押しますから、別に情報をしらせたくないということではなくて、検討しているわけですよ、こっちで、どうなんだと、どこでどうやればいいんだと、図面をもってきて、ここはだめだなとか、ポンプ何台、消防車何台あるんだと、2台だと、図面を持って来ていろいろやっているわけですね。それなら別にいちいち言う必要はないわけで、それで、こういうのを探していくわけです。本店に言ったって、こんな逆洗弁ピットに海水がたまっていますなんていう情報は百万年経ったって出てきませんから、現場で探すしかないわけですね。
引用元:吉田調書 2011年7月22日 58ページ
話すときにマイクの前のボタンを押すタイプのテレビ会議システムだったことが分かる。映像はずっと送られているが、音声は話者が話そうとした時以外には送信されない。そんな状況の中、円卓はなかば本店から独立した形で対応を進めていた。
海水注入 ~いくつかの対応策を並行して
○質問者 もう一つ、このころやられていたことで、これは時系列のところにありますが、15時18分ですね、ホウ酸水注入系復旧作業を進めており、準備が整い次第、ホウ酸水注入系ポンプを起動というようなこと、これば、要するに2号機のところの2Cというパワーセンター(注:電力供給装置)のところに電源車をつないで、そこからケーブルを敷設していって、中の方に通して、それでSLC(注:ホウ酸水注入系)の電源として、それで入れようというようなことが。
○回答者 パラで検討。(注:並行して検討ということか)
引用元:吉田調書 2011年7月22日 58ページ
この部分も、本店からは独立して、現場独自の措置をとっていた様子を伺わせる。ホウ酸水注入系とは、核燃料の臨界を抑えるホウ酸を原子炉内に注入するシステム。ここからの水の注入も検討していたということか。
しかし、これらの作業は15時36分に起こった出来事で振り出しに戻る。
3月12日15時36分、1号機
○質問者 それで、これを見ると、もうかなり。
○回答者 もうあとスイッチを入れる寸前に爆発したんです。
○質問者 それで、15時36分ということになるわけですね。
○回答者 はい。
○質問者 では、今日は、時間もありますので、この辺で、また、次回は爆発のところということで。
○回答者 わかりました。
以上
引用元:吉田調書 2011年7月22日 58ページ
※次回からは2011年7月29日の第2回聴取から、原子炉の爆発についてのインタビューを読み進めます。