スピリッツを買いに行ったコンビニで

iRyota25

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まさか! いくら何でもそんなのガセネタだろ?

ビッグスピリッツの発売日、近所のコンビニ(L)に行ったら棚にスピリッツの姿がなかった。

話題になっただけに売り切れたか、と思うのと同時に、先週一部でささやかれたイヤな噂を思い出した。その噂とは――。

一部の書店ではスピリッツを店に並べず奥にに留め置いているらしい。「売り切れですか?」とお客から問い合わせてはじめて、やおらバックヤードから雑誌を持ち出してくる、というもの。閉架販売、粛清といった陰湿な言葉が躍っていた。

まさか、自分の身近で似たようなことが行われているなんてことはあるまいと、レジで男性店員に訊いてみた。

「スピリッツは売り切れですか?」

眼鏡をかけたミドルエイジの店員がちょっと驚いたような顔で尋ね返してきた。

「スピリッツって飲み物かなにかですか、それともタバコ?」

「いや、雑誌のビッグコミックスピリッツ」

眉毛の濃いミドルエイジの店員は、黒縁メガネの奥の真っ黒な瞳をキョロキョロさせながら、こう言った。

「あ、あれは入荷してないんですよ」

鈍器で殴られたかのような衝撃

まさかと思っていたことが目の前で現実になる。ガクンと膝が折れそうな気分だった。

「入荷してないって、取次とかコンビニの本部とかの方針なんですか?」

噂話で聞いたのと同じように訊き返している自分がいた。黒縁メガネの男性はますます落ち着かない様子でこう言った。どこか苦笑するかのような、早く帰ってよとでも言いたそうな雰囲気で。

「発注するのを忘れちゃったのかな」

店を出て歩き出しても、頭の中でその言葉がぐるぐる回っていた。「発注するのを忘れちゃったのかな」って……。そんなことがありうるのだろうか。コンビニでは雑誌は発注しなくても勝手に配本されると聞いたことがある。仮に店舗から発注するにしても、コンビニの仕入れは前週の売り上げなどから、コンピュータが適正量をはじき出したものをお店の人がチェックして、入荷量をプラスしたりマイナスしたりした上で「発注」キーを押しているはず。発注を忘れる……。どんな仕組みであれ、いったいどの段階の誰が忘れるというのか。しかも巷間話題をさらっている雑誌なのに。

その足で行きつけのコンビニ(S)に向かった。先週号もその店で買ったから、たぶん大丈夫だろうと思いつつも、「もしや」との不安はあった。

それはちょっと恐ろしいですね

コンビニ(S)のマガジンラックには、青い表紙のスピリッツがしっかり2冊残っていた。胸をなでおろして購入しつつ、レジに立つ知り合いの店員に最前のことを話した。「信じられない!」と彼は言った。「ありえないけど、それはちょっと恐ろしい」。彼は同じ言葉を何度も繰り返した。

もしかしたら……、世の中そうとうヤバいことになっているのかもしれない。

店舗側が発注しない。あるいは取次(問屋)が配本しない。それは実質的に発禁に等しい。いや「発注しない/配本しない」方がさらに陰湿だ。発禁ならば発売禁止という事実が表に出るが、「売れなかっただけ」として闇に葬られるおそれがある。

陰湿な手段で兵糧攻めされるかもしれないと考えるだけで、他社も含めて出版会社の間に「おもんばかる」空気が蔓延するかもしれない。こっちの方がさらに恐ろしい。

あの店だけのことだったのか? 杞憂だったのか?

翌日もずっとこのことが気になっていた。発売当日の夕方には「美味しんぼ」の掲載誌が品切れとのニュースを共同通信が配信していた。品切れなのか粛清なのか。昼休みには回れる限りコンビニや書店を回って聞いてみた。結果は、会社近くのコンビニ(S)にはマガジンラックに2冊。もう1軒のコンビニ(S)は売り切れ。コンビニ(F)には在庫1冊。

自分の目で見て回った限り、販売自粛や粛清が行われているようには思えなかった。通信社が伝えたように「売り切れが相次ぐ!」といった雰囲気も見受けられなかった。

会社帰りに立ち寄ったコンビニ(L)では、「棚になければ売り切れじゃない」とあしらわれた。商店街の小さな書店では「うちは入れてないから」とつれない返答。

杞憂だったのかもしれない。陰湿な粛清など起こってはいない。最初のコンビニ(L)も、ほんとうに発注ミスということだったのだろう。

どこか釈然としないものを残しながらも、出版物の粛清が行われるようなおぞましい世の中になっていてほしくないと希う気持ちがあった。勘違いであってほしい。自分の思い過ごしなんだ。そんなひどいことは起こっているはずがないと。

このことを記事にするかどうか4日くらい悩んだ。月曜日は「大変だ!書かなきゃ」だった。火曜日に「待てよ」。水曜日には「勘違いだ。こりゃ書いちゃダメな話だ」。

アンテナを畳んではいけない

そして木曜日の夕方になって思い返した。スピリッツの販売で粛清的な動きは多分なかったことだろう(そうであってほしい)。しかし、だからといって世の中が悪い方向に向かっている(かもしれない)ということまで否定できるのだろうか。悪い噂が立つほどにキナ臭い空気が蔓延しているんだという論法には、ここで与するつもりはないが、自分自身の目や耳、肌感覚で、世の中の変化を感じ取れるようにしておきたい。

売れそうな店舗に冊数を集めるために、販売数の少ない店の分を取次が引き上げたなどといった仮説も立てられるだろうが、それを確かめる手立てはいまはない。手立てがないから解釈はしない。

バイアスを掛けずに事実だけ並べると、こういうことだ。

月曜日、静岡県のあるコンビニ(L)では、社会的に話題になっていた雑誌が入荷していなかった。同日、共同通信が『「美味しんぼ」、品切れも 掲載の最新号、書店で発売』との記事で「売り切れが相次いだ」と伝えた。火曜日、静岡県東部の何軒かのコンビニでその雑誌は在庫があったり売り切れていたり、まちまちだった。

ザッツ・オール。

木曜日に思い直した理由のひとつはこうだ。粛清、実質的発禁といった言葉が流れる中で、実際に入荷がない状況に遭遇した人間の記録として書き留めておきたいこと。

そしてもうひとつは、仮にこのことが杞憂であったからといって、世の中に対するアンテナを畳んでしまうのは危険だからだ。

「ほーら、何てことなかったでしょ。心配し過ぎ。大丈夫だって」などと言ってるうちに、危険地帯に深入りしていたなんてことがないように。自戒を込めて。

文●井上良太

追記:
出版界の暗黒部分への内偵を進める中で遭遇する危機の数々。嘘、裏切り、策略……。彼女は敵か味方か。真実はどこにあるのか。たどり着いた最後のドアを開いた時、そこに待ち受けていたのは?!
な~んてことにならないくらい「事実は小説よりも奇」なのだと思う。次にキーワードになるのは「平坦に見える日常の微地形」かな。

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