原発ホワイトアウト(書評)

「原発ホワイトアウト」若杉冽 講談社刊

やや長めの引用だが…。

「とにかく、ホッカイロ貼ったり、小便でもかけたりして、温めてみようよー」
 原子力事業本部長は相変わらず落語のような口調だ。危機に直面して究極のジョークを吐く、007のジェームズ・ボンドでも気取っているのか。しかし、団子鼻に鼻毛を伸ばしたその風貌では、まるでバカ殿にしか見えない。
 しかしこの会社はどうなっているのか? 実はこの時点で、実際に、現場の所員の小便が大量に、タンクを温めるため放出されていたのだ……。
「もう出る小便がありません!」
 と、末端の所員がキレ気味に叫んだ。
「バカヤロー、雪でもなんでも食って小便出すんだぞ! あとタンクに毛布でもまいてみろっ」
 と原子力事業本部長。
 一基一一〇万キロワットの出力を誇る世界最高水準の原子力発電所ではあるが、一度トラブルに陥ると、人間の小便や毛布という原始的な手法に頼らざるを得ないのが皮肉であった。
「燃料プールはどうなってんの?」
 今度は社長が尋ねる。さすがに額に青筋が浮かび上がっている。

引用元:「原発ホワイトアウト」若杉冽 講談社刊 311~312ページ

大晦日の深夜、新年を迎える直前に発生したテロにより、全電源喪失に陥った原発で、厳寒のためにエンジンがかからないディーゼル発電機を何とかして始動しようとする様子が描かれた場面だ。巨大な原子力発電所が、そのボトルネックである冷却用電源を失ったとき、いかに脆い存在であるか――。

福島第一原子力発電所で明らかになった原発の盲点が、再び発生した事故の対応に追われる現場と、電力会社の本社オペレーション・ルームのやり取りの描写には、真に迫るものを感じさせられる。追い詰められた状況下で人間は、悲劇とも喜劇ともつかない行動をとるという、たぶん人類がデジャブのように共有しているだろう不思議な光景が活写されている。

これは、「霞が関のキャリア官僚による衝撃の告発小説!」など話題を集めた小説「原発ホワイトアウト」(若杉冽著・講談社)の一節だが、本来のの意味で迫真的なのは、仮定の事故に至るまでの過程の描写、つまり、

経産省と与党政治家の関わり、電力業界による政治家やマスコミに対する折衝、原発立地県の知事を失脚させるための謀略など、いま現実世界で進行しているのとパラレルな世界をフィクションとして描いた前段(といっても、ページ数の9割以上を占める)の活写だろう。

東日本大震災によって原発事故が引き起こされた際に総理大臣だった菅直人氏は、自身のブログでこの小説を取り上げ次のように書いた。

また「電力連盟広報部」と本の中で名付けられた部署がマスコミを監視し、圧力をかける姿も生々しく書かれている。事実、原発事故が発生した3・11の時点で勝俣東電会長がマスコム関係者を中国で接待旅行に連れて行っていたこととも符合する。ネット上で電力業界を擁護し、また反対者には組織的に罵詈雑言を浴びせるための組織も紹介されている。私の知ることと共通する点が多い。

引用元:原発ホワイトアウト|菅直人オフィシャルブログ「今日の一言」

「私の知ることと共通する点が多い」
元首相がこの小説のリアリティにお墨付きを与えたに等しい。

それだけの内容だから、
初めてこの本を読んだ9月末頃(折しも新潟県知事と東電社長の会見、規制委員会への申請を認めるかどうかが注目を集めていた)には、読んでいる小説の世界と現実世界がシンクロして、生の現実とフィクションがごっちゃになるような錯覚を覚えたのを思い出す。
とくに、現実世界の方で知事が東電社長から書類を受け取ったという一事のみで、多くの新社が「東電、申請へ」と報じた時には、小説に描かれている通りであるかのようにさえ感じた。

本当のところ、どこまでリアルなものなのかは分からない。小説であるからには、あくまでもフィクションとして接することが賢明だと思う。いやむしろ本書から得られる示唆は、そんなやや引いた態度で臨んでも余りあるほどだと思う。

2013年という年がどんな時代なのか。もしかしたら、重要な何かを見落としているのではないか。見えないところで何が進んでいるのは何なのか。

想像力をもって時代に向かい合うために必読の一冊だと思う。

ちなみに、本書の末尾にはこんな一文が掲げられている。

本書の印税の一部は、「東日本大震災ふくしまこども寄附金」に寄付されます。

引用元:「原発ホワイトアウト」若杉冽 講談社刊 319ページ

最後にもうひとつ、蛇足に過ぎるかもしれないが付け加えさせてもらうなら、この小説の冒頭と結末近くに登場し、全編を串刺しにするための材料として取り上げられているのが、ふだん多くの人の意識にものぼらないだろう送電鉄塔だったということだ。

ノベルである。だが、この小説からは、誰一人として無関係ではいられない。

●TEXT:井上良太