東北、この一枚。(10)国道から見える福島第一原発

福島第一原発の写真と言えば、爆発で破壊された各号機の凄惨な姿や、いまも構内に残る津波の瓦礫、さらには汚染水漏えいが大問題になっている仮設タンク群などを想像するかもしれないが、そういう光景は、ウルトラ特別な許可を得た極々一部の人にしか見ることが許されていない。

しかし、国道6号線の通行許可さえあれば、一般の人にも第一原発の姿を遠望することができる。それが、この一枚。

さる8月24日、はままつ東北交流館などが企画した「3年目の被災地 第3回福島視察ツアー」に参加した。はままつ東北交流館は、震災後双葉町から避難してきた佐藤大さんを館長に、福島など東北各地から静岡県で避難生活を送っている人たちを支援し続けてきた団体だ。

原発事故以来、立ち入りはおろか通行まで厳しく制限され、分断されてきた福島県の沿海部、浜通りエリアを南のいわき市側から北の浪江町までバスで走り抜け、放射能のせいで除染どころか復旧工事すらほとんど手についていない状況にある「現地」を、実際にこの目で見、耳で音を聞き、その場の空気を肌で感じよう。さらには第六感だろうが霊感だろうが、手持ちのあらゆる利器を駆使して、「自分」というひとりの生身の人間に、時代の現実を刻み込もう。そんな主催者の猛烈な「熱」が込められたツアー。そのひとつのハイライトが、上に掲げた「地味な写真」なのである。

現地へのバスツアーは、夜半に浜松を出発し、夜通し走って福島県に至るという強行軍だった。猛烈な睡魔と、何度経験しても慣れない深夜バス移動の不眠でもうろうとする中、夜明け近くの高速道路で夢のような光景を目にした。
それは、淡く青い光線がゆっくりと増幅されていく阿武隈山地のなだらかな山肌に立つ高圧電線の鉄塔の群れ。その鉄塔がゆっくりと動いているような錯覚をおぼえた。動くと言っても、所在なさげに体を左右しているくらいの動きでしかないのだが、真夜中でもまばゆい光に満ちた大都会と、幻想的な田園風景とを結びつける曖昧な存在として、鉄塔たちは身悶えするように揺れていた。まるでエヴァの使徒か、ウルトラマンに登場した怪獣シーボーズみたいに。

好むと好まざるとに関わらず、自分たちも繋がれている。みじめな怪獣たちを縛っているのと同じ電線によって。
送電線網がどんなルートを走って自分ん家のコンセントまで到達しているのかなんて、具体的にイメージできるものではないが、私たちの生活とか、もっと大きく言うなら文明とかが、その場所に結び付けられてきたことは紛うことなき現実だ。その片方のターミナルの直近を駆け抜けるべく、ツアーバスは走っていた。

浜通りのメインストリート、国道6号に響く警告音

福島県の太平洋岸の自治体は、以下のように並んでいて、国道6号線はそれぞれの町を貫くように走っている。浜通りに暮らしてきた人たちにとって、その道は東京や関東方面に向かう道であり、買い物やコンサートで仙台に出かけるでもあった。生活の道であるとともに、たくさんの思い出の込められた道だったわけだ。

現在、帰還困難区域に指定されたエリアでも、国道6号線は通過に限り通れるようになっている。

(仙台方面)
 ↑
新地町
相馬市
南相馬市(鹿島区)
南相馬市(原町区)===20キロ圏・30キロ圏の検問所がかつてあった
南相馬市(小高区)
浪江町=========帰還困難区域の検問所がある
双葉町――福島第一原発施設の一部がある
大熊町――福島第一原発がある
富岡町=========帰還困難区域の検問所がある
楢葉町
広野町=========20キロ圏の検問所がかつてあった
いわき市(末続)
============30キロ圏の検問所がかつてあった
いわき市(久之浜)
いわき市
 ↓
(関東方面)

この町々を南から入って、浪江町の検問の北、請戸(うけど)地区を目指すルート。その途中に位置しているのが東京電力の原発群だ。

南側の検問を通って帰還困難区域に入ると、人はもちろんほとんど車も見かけない。まるでハイウェイ状態だ。ほどなく大熊町。そして「中央台」と表示された、不自然なほど広々とした交差点を通過する。そこは、福島第一原発ゲートへ向かうメインの道の分帰路だった。

国道6号を北へ向かう車窓の右斜め前方に、煙突のようなものが見える。

少し遠いが、福島第一原発の排気塔だ。
ずんぐりと太いシルエットから、集中廃棄物処理施設のものだとわかる。

第一原発が近づいた辺りから、車中のあちこちで線量計の警告音が鳴り出していた。
「10μSv/hを超えた!」
驚きの声が上がる。手持ちの線量計の数値を読み上げている人もいる。
持参した線量計を見てみると、18.68μSv/hという数値を示していた。

藪に視界を遮られて原発が見えなくなった一瞬の後、その光景が目の前に現れた。

列をなして立つ送電鉄塔と、その遠景としてかすかに見える東京電力福島第一原発。

誰かに教えてもらわなければ、それと気づかずに通り過ぎてしまうかもしれないほど、それは地味な風景。広々とした草原に鉄塔が立ち並ぶだけの景色。

目の前にあの壮絶な原発敷地内の状況が広がっていたら、ずいぶん印象も違ったことだろうが、自分たち一般人が目にすることができるのは、あまりにも平凡な風景でしかない。それが限界ということなのだ。高圧送電線によって不可避的に結び付けられている自分たちの生活と発電所。その片方のターミナルは、視界の遠くにかすんだ形でしか、姿を見せてくれない。

しかし、前景の草原に見える土地がおそらくかつて田んぼだったのだろうなどと、想像することはできる。ひと気のない国道6号線自体、ターミナルで起きたことを強烈に暗示している。そして何より、遠景にはたしかに集中廃棄物処理施設のもの、3・4号機に隣接するもの、1・2号機のそばにあって、事故直後のベントに使われたという3つの排気塔が写っている。かすかに見えるクレーン群は、原子炉建屋間近で今もぎりぎりの作業が進められていることを示している。

原発からの直線距離は約2.3km。
空間線量はバスの中で18μSv/h超。

鉄塔たちが苦悶しているように見えたのは、さまざまな意味でどっち付かずの暮らしとか文明とかの投射だからなのかもしれない。

しかし、現実がここにある。
繋がれた人間として逃げることのできない現実が。

ツアーから1カ月後、1・2号機に隣接する排気塔を支える鉄骨に8カ所の破断やひびが見つかったというニュースが報じられた。(2013年9月18日のNHK NEWS WEB)

それはツアーで目にしたあの排気塔だった。
ニュースは伝える。

(タイトル)
ベント排気筒支える鋼材に破断(9月18日 21:50更新)

東京電力福島第一原子力発電所の事故の直後に、放射性物質を含む気体を放出する「ベント」と呼ばれる作業に使われた排気筒で、支えている鋼材の8か所に破断やひびが見つかりました。
東京電力は、今後の地震に対する強度に問題がないか詳しく調べることにしています。
鋼材に破断が見つかったのは、福島第一原発1号機と2号機に隣接して立っている高さおよそ120メートルの排気筒です。
排気筒は、周囲を鋼材の骨組みで支えられていますが、地上から66メートルの場所で、鋼材と鋼材のつなぎ目の合わせて8か所で破断やひびが見つかりました。
東京電力は、おととしの東日本大震災の地震の揺れが原因とみています。
現在、この排気筒は使われておらず、排気筒本体に目立った損傷は見られないということですが、今後の地震に対する強度に問題がないか詳しく調べることにしています。
この排気筒は、事故の直後、1号機と2号機の原子炉格納容器が圧力が高まることによって破損するのを防ぐため、放射性物質を含む気体を放出する「ベント」に使われました。
周辺では、1時間当たり10シーベルトを超えるという高い放射線量が計測されて近づけないため、東京電力では、詳しい調査の方法は検討中だとしています。

引用元:ベント排気筒支える鋼材に破断 NHKニュース

マイクロでもミリでもない、ただの10シーベルト。
それは致死線量と呼ばれる線量。

原子力規制委員会のWEBページに掲載された情報を引用する。

致死線量

放射線を被ばくしたことにより死亡に至る放射線量。100%致死線量(LD100)は、被ばくした人の100%が死亡するとされている線量で、全身被ばくの場合で7~10シーベルト(Sv)程度、50%致死線量(LD50)は、約50%が死亡するとされている線量で、全身被ばくの場合で3~5シーベルト(Sv)程度である。

引用元:旧組織からの情報-原子力安全・保安院 致死線量|原子力規制委員会

コンセントから繋がる先の、もう一端のターミナルにあるもののひとつがこれである。

●TEXT+PHOTO:井上良太(ライター)