11時20分ごろ、島中に汽笛が鳴り響く。週に1往復する定期船・おがさわら丸が、父島へ入港する合図だ。昨日までは人も少なく、のんびりした空気の漂っていた小笠原。それはそれはとても居心地がよかった。しかし、それもあとわずか。新たなお客さんを乗せたおがさわら丸が接岸体勢に入る。
人口2800人の小笠原に、毎回700人近くが訪れる。島は一気に1.25倍もの人数に膨れ上がるのだ。
片道で25時間30分かかる小笠原までの道のり。その船旅もあとわずか。「気合の入ったお客さんがたくさん乗っているんだろうなぁ」と考えてしまうが、気合が入るのは観光客だけじゃない。受け入れる島民側も同じだ。
島の宿で働きながら、長期滞在していたころの小笠原を紹介したい。
それぞれがドラマを抱えた観光客
小笠原を訪れるには最低でも島で3泊しなくてはならず、船に乗る時間も含めれば最低でも6日間の連休を確保しなくてはならない。小笠原に滞在していると、どれも同じようなお客さんに見えたものだが、これだけの休日を確保することに、一人一人のドラマがあるらしい。
ウソかホントか「“クビ覚悟で”“上司に怒られて”島にやってきた」と言う人、スッキリした顔で「会社を辞めてきた」と言う人。「定年退職してやっと念願叶った」と言う人・・・。小笠原という場所を訪れる人には、そんな風に言う人たちが驚くほど多かった。仕事か、小笠原か。そんな究極の選択をした人ばかりなのだ。
だから、気合の入り方がちょっと並じゃない。船が入港するやいなや、さっさと遊びに出かけたい人ばかりなのだ。まずは宿にチェックインを済ませるが、そのあとは、海に山にと遊びに行くのが普通。悠長に過ごしている暇はない。
観光客も島人も、入港直後の昼食が勝負!
12時過ぎ。まずはあっという間に島内の飲食店が混む。本当、こればっかりはあっという間で、港に近い飲食店だとほんの数分のことだ。父島にはそれなりの数、食べる場所はあるのだが、どのお店も一気に最大瞬間風速を迎える。
ちょっと頭のキレる人には「予め船内で済ませておく」なんて人も。船に乗っているのんびりした時間の間に腹ごしらえを済ませておくことで、父島に着くなり鮮やかなスタートダッシュで遊びに行くことが出来るようだ。常連客、一人旅、中年男性は特にこの傾向が強いように感じたが、あまりの元気さに感服してしまった。
僕が働いていた宿では、チェックインの手続きを済ませている最中に、おにぎりのオーダーを取っていた。お昼ご飯を手がるに済ませるためのサービスだ。この場合、オーダーを取ればすぐに握り始め、お待たせすることなくおにぎりを提供しなくてはならない。僕にとってはこれがなかなかの苦行で、「よーいドン!」で炊き立て激アツのご飯を握るのは結構ハードだった。一気に30人がチェックインしたある日は、90個近くを2人で握ったこともある。それでも30分くらいかかり、少し待たせてしまった。
夕食提供時間までに食材を手に入れろ!
一旦お客さんが遊びに出かけると、ひと段落したかに思えるが、むしろここからが本番だ。
宿は来たる夕食に向け、できることから準備を始める。“できることから”と言うのも、夕飯の食材が揃うのは夕方過ぎになるからだ。小笠原では、食材などの物資もすべて、週に1便のおがさわら丸に委ねられている。そのため、必要な食材が届いてから、ようやく本格的な調理ができるのだ。ところが、コイツがまた厄介で、島の配送業者も船が届いてから「よーいドン!」で作業を急ぐ。
当然、宿に食材が遅れて届くこともしばしば。あまりに遅い日は、シビレを切らしてスーパーへ買いに行くこともあった。
「ゴメン!ナスとピーマン買ってきて!」
と、オーナーが言うと、父島の二大スーパーである「スーパー小祝」か「小笠原生協」まで原付を飛ばす。しかし、ここで忘れてはならないのが、今日が入港日だということ。店には届きたての生鮮類がずらり並び、島中の人々がそれを狙ってやってくる。段ボールそのままの野菜類は、ほのかに新鮮な香りがする(気がする)。イチゴなど「島では採れない上に傷みやすい」なんてものは数量も少ないので、狙って買うのは至難の業だ。面白いのは、菓子パンが凍ったまま陳列されている点。島に届いたその日が消費期限なんていうこともある。
そんな日だから、まぁかなり混むのだ。コンビニ程度のキャパシティのお店に対し、お客さんが100人くらいいるんじゃないか?と思える日もあった。レジでの待ち時間もはがゆくなる。
ようやくナスとピーマンを手に入れて宿に戻ると、僕が帰るより先に宿に届いていた。・・・という残念な結果も一度や二度ではなかった。
なんだか疲れた~
17時半を過ぎると、料理が次々に出来上がる。遊びに出たお客さんも戻ってくる。ある時はお客さんのご好意で「さっき魚獲ってきたから捌いてよ。」と、でっかいカンパチを渡されたこともある。ありがたい差し入れが急きょメニューに追加され、余計に慌ただしくなる。スタッフは必死で盛り付ける。遊び疲れたお客さんが「お、良いにおい!」とか「今日はなんだ?」とか言いながら帰ってくる。30数人前、出来たてを提供するため、作業も当然ギリギリになる。
・・・18時20分!出来上がり!
自分だってお腹が減っていたことに気付く。もちろん、酷く激務というわけではないのだが、なんだか“てんやわんや”し通しの一日になってしまう。洗い物が多くなるのも当然のことなのに、「多いなぁ」と思ってしまう。毎週のことと言えばそれまでなのだけど。
入港前日までの昨日までは、お客さんも少なくのんびりしていた。その反動で急に忙しくなると、やっぱり疲れてしまう。入港から3日間、この忙しさが続く。船が出ると穏やかな日々になる。この繰り返し。
お客さんに限ったことではない。
島全体が、入港日になると気合が入るのだ。
父島
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