明日を目指すお店リポート:石巻「被災ピアノを生き返らせるサルコヤ」

2012年11月24日

石巻エリアの人ならみんなが知ってるお店だけれど、ちょっと不思議なネーミング。店先にお猿の太郎「さるっこ太郎」がいたからサルコヤ。楽器とおもちゃを取り揃える、子どもたちにも大人にも人気のお店。長寿猿の太郎はギネス申請中に津波で死んでしまったけれど、社長の井上晃雄(てるお)さんはもうひとつ別の命をよみがえらせた。それはピアノ。津波と浸水被害で一度死んでしまったピアノを生き返らせたサルコヤの物語を紹介します。

サルコヤの店頭には、震災による被害からよみがえらせた「再生グランドピアノ第1号」が飾られています。そしてお店の奥にはもう1台、再生修理を待つ津波被害を受けたままの状態のピアノがシートにくるまれて置かれていました。津波被害を受けたピアノがどんな状態になるのか、まずは写真をご覧ください。

ハンマーに泥がこびり着いています

弦を止めているピンは泥に埋まって錆びています。もちろん弦も

鍵盤が変質しているのが分かりますか

弦が無残に錆びています。ピアノの音色を決めるフレームも響板も駒(ブリッジ)もこんな有さまです

被災ピアノを見る井上さんのまなざしに沈痛さがにじみます

「今回の震災では数多くのピアノが被害を受けています。サルコヤでも店頭にあった数十台のピアノが被災しました。大船渡在住の方が外国製のピアノを修理してもらおうとメーカーに送ったら、新品が戻ってきたそうです。修復するより新しくした方が早いということなのでしょう。でもそれでは再生ではないと思うのです。

被災したとは言え、現にピアノはそこにあるのです。せっかくあるのだから、それを生かさなければと思うのです。

どうしても交換しなければならない部品はありますよ。錆びてしまった弦などは交換するしかありません。でも90%以上は元々のピアノのものを生かして再生してあげないと」

井上さんはカウンターの周りに貼られた、震災直後から復旧までの写真を見せてくれました。お店の外に流されたピアノに軽自動車が乗り上げている写真があります。

横倒しになったアップライトピアノが泥まみれになっている写真があります。ボランティアの人たちがエレキベースを水洗いしている写真があります。

楽器を擬人化するつもりはありませんが、人間のとても近くにあるインスツルメンツが津波で悲惨な状況になっているのを目にすると心が痛みます。被災したピアノを修復しようと考えた井上さんの気持ちがわかるような気がします。修復しなければ楽器はがれきとして処分されてしまうのです。

とはいえ、津波の被害を受けたピアノの修復は容易なことではありませんでした。

「執念だね」と井上さんは言います。

「ピアノの木材にしみ込んだ塩分をどうやって抜くか。これが問題でした。最初のうちは試行錯誤です。グランドピアノのアクション部分を取り外して、ボディに水をためて塩抜きしようとしたこともありました。水が漏れてなかなかうまくいきませんでしたがね」

津波は泥やがれきが混ざった塩水です。泥は拭き取れても、ピアノの部材にしみ込んだ塩を除去しなければ、音色に影響が出かねません。さまざまな方法を試していくうち、ようやく高周波で効果的に塩を除去する方法にたどり着いたのだそうです。

「歌手のクミコさんがピアノの再生の話を聞いて駆けつけてくれました。湯川れい子さんやシンディ・ローパーさんも来てくれました。全国から調律師の方々や調律専門学校の学生さんたちもボランティアに参加してくれました。たくさんの人たちの協力と知恵で、被災ピアノの再生は進んでいったのです」

秋田から来た調律師さんの紹介で秋田大学の先生ともつながりが生まれ、除塩方法についてアドバイスもしてもらえたそうです。クミコさんは震災から半年にあたる2011年9月11日に、再生ピアノ第1号を使ったコンサートを開催しています。タイトルは、再生ピアノで唄う”心の復興”コンサート「一歩だけ前へ…」~石巻のみなさんとごいっしょに~。シンディ・ローパーさんも5台目のピアノ再生を依頼し、2013年春に石巻でコンサートを行う予定といいます。

多くの人たちの応援があって、井上さんのピアノ再生は少しずつ進んでいきます。2台目は愛知県弥富のライオンズクラブから「震災に負けないたくましいピアノをぜひ」と依頼されて手掛けたそうです。

弥富から贈られた横断幕。お店を支える奥さんと二人で広げてくれました

名古屋港に面し、海抜0メートル地域が広がる弥富では、津波は他人ごとではないという意識があるのでしょう。それだけに、井上さんはなんとかして応えたいと思いました。

「でも、見積もりの立てようがないんです。元が高い楽器である上に、目に見えないところに直さなければならない部分があとから出て来たり」

「被災ピアノの修復は、手を抜くとすぐに影響が出る。妥協を許さない執念で修復と調律をどこまでやれるかなんです」

「我が子を育てる意識でやりました」

力強い決意の言葉は、作業の大変さを物語るものでもあります。部材を分解して除塩して、乾燥させて、再度組み上げて、フレームを金色に塗装して、弦を張って、アクション部分を組み込んで、調律して。

「アクションを組み込んで音が出るかどうか。出てくれないと困るわけですが、音が出ても調律しているうちに少しずつくるってしまう。それをまた調整してと、調律も繰り返し何度も行わなければなりません。除塩ができていても、部材がしっかり乾燥していないと、どうしても調整が大変になるのです」

塩分を取り除くだけでも大変な手間がかかる上に、乾燥にはさらに長い時間が要求されます。楽器はしっかり音を奏でてこそ。被災ピアノ修復の困難は、こんなところにもあるのです。

現在、一通りの修復を終えた4台目は、より乾燥した環境の北上支店に運ばれているそうです。1台再生するたびに、修復の技術も向上してきました。第1号は近いうちに、最新のノウハウで再度修復する考えなのだとか。

「元に戻す仕事は、新しくつくるのとはまったく違う苦労がある」という井上さんですが、「一生かけてあとの20〜30台を直そうと思っている」とも言います。

「尊い仕事。でも、やっかいな仕事」

80歳を過ぎて、なお若者のような好奇心と向上心で被災ピアノの再生に挑み続ける井上さんなのです。

被災ピアノのふたを静かに閉じる指先に、楽器への愛情がこめられている

被災ピアノの修復工房は、店の裏の倉庫。社員の遠藤龍一さんと、さまざまな方法を試行錯誤しながら行っている。この日は固まったヘドロの除去に掃除機が活用されていた。5台目となるこのピアノはシンディ・ローパーさんのオーダーによるもの。

駒の部分まで水に浸かる被害を受けているが、3月の納入を目指して作業を進めているそうだ

サルコヤ(株式会社福助屋商店)石巻本店

〒986-0822 宮城県石巻市中央2丁目4-7電話番号 ・フリーダイヤル  (0120)3658-96 ・ひかり電話  (050)3539-4626 ・代表電話  (0225)96-3658 ・FAX番号  (0225)96-3638

サルコヤこと福助屋商店は楽器とおもちゃを扱う店でしたが、被災後、石巻店ではおもちゃ部門を縮小。ひな人形や五月人形などの季節商品のほかは扱わず、楽器販売を中心に音楽教室・英会話教室などを運営しています。北上市のお店では、楽器のほかこれまで通り飛行機関係のラジコンやプラモデルなども取り扱っているそうです。

●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)