もう一つ、映画「ミス・リトル・サンシャイン」では、おじいさんが孫娘に「負け犬とは、負けることが怖くて挑戦できないヤツのことを言うんだ」と語ります。負けることが負け犬ではないんです。失敗したら失敗を認めて、その時は謝ったり引き返せばいい。考えてもわからないこともある。行けると思ったらチャレンジすればいいんです。
知的好奇心を持ち、意識して暮らすこと
――知れば知るほど本当にユニークですね。最新刊「鳥類学はあなたのお役に立てますか?」で、力を込めた点を教えていただけますか?
僕は基本的に鳥の研究がおもしろいし、楽しく元気にずっと研究をしていきたい。その上で自分が知ったもの、思いついたこと、おもしろいと思うことを皆にも楽しんでもらいたい。これは監修や執筆をしてきたすべての本に共通しています。この本では特に小笠原諸島に生息するオガサワラカワラヒワが非常に危機的な状況にあることを多くに人に知ってほしいという想いが、文章を書くモチベーションになりました。
――最後の方の文章で「生物の絶滅とは、この「知」の源泉となる存在をこの世界から永遠に消し去ることを意味する。未読の書籍を火にくべる焚書にも等しき行為だ」といった言葉に、その通りと胸がざわつきました。
知的好奇心を満たす方法はいっぱいあります。例えば新進気鋭の映画監督がいなくなったらすごく困る。新しくおもしろいものを見る機会がなくなってしまう。同じように小説もなくなったらいけない。そして同じように鳥もいなくなってはいけないのです。鳥だけが特別なのではなく、我々はいろんなことから知識を得て、知的好奇心を満足させています。それは人間が生活していく上での大きな目的のひとつです。何のために生きているか?それは、楽しむため!です。知的好奇心を満たされるとうれしい。知的好奇心を満足させることは人間の自然な欲求の一つです。その欲求を満たす方法の一つが、鳥です。鳥が一種絶滅すると、得られるはずの情報源が一つなくなってしまう。それはすごく大きな損失です。
――深いですね。自然界のエキスパートの先生にお尋ねしますがSGDsという単語が独り歩きをして何着ればいいか?みたいなファッションになっています。自然環境を守るにはどういうことを心がけるべきとお考えですか?
一番大切なことは自然環境に興味を持つことです。自然はあったほうがいいと思いますが、常に何よりも大切かといえば必ずしもそうではないかもしれません。何処かを開発する場合、絶対に自然を潰して開発するのはまかりならんかというと、そうとも限りません。たとえば、老人ホームが足りなくて、どうしても施設を造らなくてはならないという場合、豊かな里山だけれども造らざるを得ない場合もあるでしょう。そういうふうに自然と開発を天秤に掛けざるを得ないこともあります。それで施設を造らなくてはならないならそうすべきです。一律で自然を守らなくてはならないかといえば、そういうわけではない。
――人が暮らして生きていかなくてはならない場合に、どういうふうにそれを考えるか?でしょうか。
大切なのは興味を持つこと。そして考えることです。たとえば、自然界でのマイクロプラスチックが問題になっていますが、その原因の一つに車のタイヤがあります。車が走ればタイヤが削れ、雨が降れば海へ流れていきます。だからといって、皆車に乗るのをやめるかと言えばそれはできません。とはいえ、何も知らずに乗るのと、考えて乗るのとでは違います。考えて乗っている時間が100年あったら、誰かがそれを食い止める方法を見つけられるかもしれません。考えるという過程があることで、今は無理でもいつか解決できるかもしれないのです。
知らないことを知らないまま済ませて、知らないことにすら気づいていないと、影響が大きくなります。自然なんて焼き払いたいと思う人はそんなにいません。でも、意識しないでいると知らないうちに自然破壊が進んでしまうことがあります。いろんなことを天秤にかけていく必要があります。天秤の片側にのるのは老人施設かもしれないし、車のタイヤかもしれない。それがそれほど重要でないものであれば、我慢した方がいいという場合もあります。それをすべて天秤に掛けてみるのです。そして考える。興味をもって考えることが一番必要で、その先で考えて結論を出していきます。
――肝に銘じたい言葉です。後進を育てること。次世代へバトンを渡すために未来を担う子どもたちへメッセージをいただけますか。
鳥類学者が、職業として存在すると思う人はそれほど多くありません。まずはこういう仕事があるのだと多くの子どもたちに知ってもらいたいです。僕は本を書いたり、ラジオやテレビに出たりすることがありますが、その最大のモチベーションは鳥類学の普及です。こんなことがある、こういう研究をしている人がいるというのを含めて、多くの人に知ってもらいたい。それは鳥類学の発展のためでもあります。仲間が増えることは重要ですので、こういう選択肢もあることを伝えたいですね。
鳥類学の特徴は、日本の学会ではアマチュアの研究者がすごく多いことです。他の仕事をして、自分のプライベートな時間で研究をされている方がたくさんいる。そういう方々が日本の鳥類学を支えています。職業として鳥類学者にならずとも、自分の余暇を使って鳥の研究をしてくれることも、とてもありがたいです。そのためには鳥類学という学問があって、それをいろんな人におもしろいと思ってもらえると嬉しいです。鳥は観察しやすい生き物ですから非常に研究対象にしやすいので、まず興味をもってほしい。その中で小笠原の研究をしようとする人も出てくるでしょうし、後進も育つでしょう。
編集後記
――ありがとうございました!
何かを目指さなくても、その時々を全力で楽しんでいれば道は拓けるもの…という川上先生の言葉が沁みる取材でした。「人は楽しむために生きている」という人生の基本姿勢。ワクワクするお話をまた何処かでお聞きできたら幸いです。今回で私の取材・執筆は終了となります。16年間ありがとうございました。今後は小説執筆にシフトし一層楽しんでまいります。ご登場いただきました皆さまと関係者に感謝を込めて。
2022年6月取材・文/マザール あべみちこ
川上和人 著
新潮社
定価 1,595円(税込)
発売日 2021/3/17
行く手には火山に台風、サメにハエ。研究はまたも命がけ?