自閉っ子と「絶対音感」

ちょっと前に読んだ文献に「重度の自閉症の人は、絶対音感を持っていることが多い」といった記述がありました。

「絶対音感」と聞くと、なんとなく「何の音を聞いてもドレミがわかる」とか「楽器のチューニングがずれているのがわかる」などのカッコイイものを想像しますが、その文献では、

"自閉症の人は、音楽を「聴いたままに記録することしかできない」ため、知っている曲でも「キー」を変えて聴かせると、同じ曲だと認識できないことがある"

そんな、「他のものに置き換えられない」のような意味で「絶対」音感という言葉を用いているようでした。それならウチの娘にも心当たりがあります。

鼻歌はいつもオリジナルキー

ウチの娘は、いつも基本的に何かを歌っています。お風呂でも、ラーメンを食べながらでも、クルマの中でも、とにかくずーーーーと歌っています。

その時のメロディもキーも、自分がその曲を覚えた音源と同じままで再現します(わたしもママも楽器の経験がちょっとあり「たぶん合ってるね」ぐらいはわかる)。シャキーンもコッシーも、ケロポンズもフレディ・マーキュリーも、YouTubeのシロウトっぽいお姉さんも「音源のとおり」です。

これは「聴いたままに記録して、その通りに再生することしかできない」だけなのでしょうが、親としては「上手だねー、音程が正確ですごいねー♪」と喜んでしまいます。

しかし最近、そんな娘の歌声に、ある違和感が現れました。

NO MUSIC, NO LIFE.

聴きながら歌うと…

娘がiPadや音の出るおもちゃを持ち歩き、音楽を聴きながら自分でも歌おうとすると、ものすごくヘタなのです。

音痴というか、メロディの抑揚がありません。自分が耳元で聴いている曲に影響されず、ひとつの音階で「フン♪フン♪フン♪フン♪」とハミングし続けます。

しかもそのリズムは曲の符割りにまったく関係なく、ずっと同じリズムで1小節に4回「フン♪フン♪フン♪フン♪」と繰り返すだけなのです。

以前はどうだったっけ?と思い返してみるのですが、そういえば「演奏に合わせて声を出す」という行為がなかった、つまり「歌う」と「聴く」はいつも別だったような気がします。

アカペラだとキーもメロディも正確なのに、いざ演奏に合わせて歌おうとすると、音痴どころか「音程もリズムもずーっと1本調子」。理由は皆目見当もつきません。

お父さんは音楽の楽しさって音程の上がり下がりとリズムの変化だと思うんだけどさあ、自分の声以外の音があると、メロディとリズムがどこかに行っちゃうの?

それともその独特の感覚で、僕らの知らない新しい何かを見つけたの?

こうやってiPadを耳に当て、左手でリズムを取りながらフンフン口ずさみます。でもメロディなし。符割り関係なし。

特別な才能がある人が「多い」わけではない

「自閉症」と「絶対音感」という言葉をセットで見ると「特別な才能がある」と思われがちです。

確かに「サヴァン症候群」と言って、知的障害や自閉症などの発達障害等のある人が、特定のことについて優れた能力を示すことがあるのをご存知の方も多いでしょう。

音楽家で言えばモーツァルトがサヴァン症候群だったなどとも言われていますが、発達障害のある人の「中には(中にも)」そういう特別な才能を持つ人が「いる」だけであって、特に「多い」ということではないと思います。

そしてどうやら娘には、なぜか「歌を歌う」というひとつの行為の中にも凸凹があることがわかりました。

でも、ちゃんと歌える時もフンフン♪だけの時も、歌って暮らす娘はとにかく気持ちよさそうなので、同じく鼻歌好きのパパとママも一緒にずっと音楽を楽しんで行こうと思います。

何か歌ってますね(*^-^*) 最近お気に入りのフレーズは「はらぺこカマキリ」の中の「アリさんみーっけ♪」のところです。