今年はデビュー10周年の記念すべき年となり、4月にはニューアルバム「amour」発売。7月には渋谷Bunkamuraオーチャードホールでコンサートを開催される宮本笑里さん。2014年、出産を経て一児の母となりさらに輝きが増して活躍が期待されます。容姿端麗でありながら実力派の笑里さんの子ども時代から母として子育てをされている今、演奏に込めた想いについてお聞きしました。
宮本 笑里(みやもと えみり)
ヴァイオリニスト。 14歳の時ドイツ学生音楽コンクールデュッセルドルフ第1位入賞他。
小澤征爾音楽塾・オペラプロジェクト、NHK交響楽団、東京都交響楽団定期公演、宮崎国際音楽フェスティバルなどに参加し、これまでに徳永二男、四方恭子、久保陽子、店村眞積、堀正文の各氏に師事。
フジテレビ系ドラマ「のだめカンタービレ」オーケストラのメンバーとしても出演、サッポロビール「ヱビス」CMキャラクターとして父である元オーボエ奏者宮本文昭と共演する等、デビュー前からメディアに多数出演。
これまでに6枚のオリジナルアルバムを発売。詳しくはHPへ。
ドイツから帰国後7歳で始めたヴァイオリン。
――音楽の道に進まれる多くの方は音楽が身近にある環境でお育ちになったようですが、笑里さんの場合もヴァイオリンを習ったきっかけはオーボエ奏者のお父様の影響でいらした?
今振り返るとそうなのかもしれませんが、私は英才教育を受けたわけではなく、ヴァイオリンを始めたのもゆっくり目のスタートで7歳からでした。音楽の仕事をしていた父の演奏活動のため、生後まもなくから7歳までドイツで育ちました。帰国して何か習い事がしたいと私が母に言って、たまたま近所にあった「鈴木メソッド」の教室を見学し、一番やさしそうだったのがヴァイオリンの先生で(笑)習い始めました。
――やっぱり指導者は大事な要因なのですね!お父様も喜ばれたのではないですか?
ちょうど父が不在の時に決めて結果的に事後報告となり、父にはひどく怒られました。3歳頃からヴァイオリンに慣れ親しんでいる子ならまだしも、音楽を続けるのは大変な世界なのだし、私にはとてもできないだろうからやらせたくないという思いが強かったのです。
――厳しい音楽の道を知っておられるからこその親心でしたね。
好きな曲を好きな時に弾きたかったのですが、あまり練習熱心ではありませんでした(笑)。レッスンの前日に「あ、やらなくちゃ!」と焦って数時間練習。1週間計画的に練習をするわけではなく、夏休みの宿題を最後の日にギリギリやる感覚。父は私が音楽には向いていないのでは?と思っていたかもしれません。4歳上の姉は文章を書くのが好きで音楽は選ばず、今も書く仕事をしています。
――そうでしたか!それでも数時間で難なく習い事の日を迎えられたのはスゴイ。そして再びドイツへ行かれましたね?
先生が厳しい人でなかったから続けられたのだと思います。真剣にというより趣味で弾いていたので。中学校に上がる時に再びドイツへ転校することになって…。せっかくお友達もできたのにまた皆と離れるのが嫌でした。英語も全然話せない状態でドイツのインターナショナルスクールへ通うことになり、自分から積極的に話しかけることもできず、クラスの子からは「あの子なんでしゃべらないんだろう?」と思われていたでしょうね。そのうち同じ学校に通う姉が、音楽の先生に「妹はヴァイオリンを弾ける」と話したのをキッカケに、集会で全校生徒の前で演奏する機会を頂きました。それを境に興味を持ってくれる友達ができて、世界が拡がった気がします。
怖い父に鍛えられ、常にひたむきに練習。
――ドイツでの中学校生活。多感な時期に異国でヴァイオリンも続けられたのはやはり好きだったのですね?
2度目のドイツでの3年間は、父の所属する楽団にいた日本人の方にヴァイオリンを教えてもらうことができました。小学校時代遊びで続けていたので、中学校時代はかなり本気でヴァイオリンに費やしましたが、辞めたいと思ったり、ヴァイオリンを手離そうと考えることはありませんでした。私は言葉で自分を表現することが得意ではなかった分、ヴァイオリンで表現していた。でも、父のレッスンは怖くて毎日恐怖を感じていました。
――お父様が怖かったというのはスパルタ式だったのですか?
音楽に対する愛情や情熱が人一倍強いので、だからこそ言っていることができなかったり、気持ちが上がると声も大きくなって地団駄を踏み始める。それが怖くて私が泣くとさらに「泣いている時間があるなら練習しなさい!」となる。エンドレスなやり取りが続くと父の存在が怖い怖い怖い!でいっぱいに。学校を終えてから家の門限は夕方4時。少しでも遅くなると携帯の着歴がすごいことになっていました(笑)。
――それに反発することなく、素直だったからこそ今があるのですね。
反発する隙すら与えてくれませんでした。でも、父は本気なら乗り越えなければならない高い壁がいくつもあることを教えたい気持ちがあったのだろうと思います。父がわぁわぁ言って台風のように去ってしまうと、父と対照的にふんわり流す母が「お父さんはただ怒っているのではなく、あなたのためを思っているのよ」とフォローしてくれて、バランスのいい夫婦でした。私は小さな頃から舞台で演奏する父の姿を見て育って、かっこいいなぁ!と憧れていたので、やりたいけれどできないもどかしさばかりでコンプレックスを抱えた自分が、まさか舞台に立てるとは思っていませんでした。
――コンプレックスだなんて意外です。笑里さんは天が二物を与えている存在かと。
ヴァイオリンという楽器は、小さい頃から演奏すると細胞が記憶しますし、吸収力が違います。体の筋力を使う楽器だからこそ難しいところもある。独身の頃は、ご飯を食べる以外はずっと引きこもって練習していました。たまに息抜きのため買い物に出かけても、早く帰って練習しなくちゃ…と。自分には足りないところが多いと常に感じていますし、納得できない演奏をお客様に披露はできません。理想を目指して努力し続けないと、いい演奏は生み出せないものなのです。
子どもと出会えた喜び、そして「amour」。
――2014年春にお子さんをご出産されてから心境の変化は?
出産してしばらくお休みしている期間は家事と育児で精一杯で、演奏に戻れるのだろうか?と思ったこともありました。私は器用なタイプではないので、その上で演奏の練習も重ねてコンサート活動やアルバム制作など…気持ちも整えて臨むのは無理かもしれないと思っていました。でも不安はありましたが、やはりお客様の前で演奏することは楽しくて、私自身と切り離せないものだと感じたんですね。この場を大切にするためには何とか両立していこうと決めてからは、だいぶ前向きになりました。先輩方でも活躍されている演奏家はいらっしゃいますし。
――女性が子どもを育てながら仕事を続けるのは山あり谷ありで、演奏家も他の職業も変わらないかもしれません。お子さんも演奏されますか?
私の演奏する姿を見て育っていますので、2歳になってから自分も弾きたいと言いだして、最初は私の使っていない安い楽器を持たせていましたが、インターネットで一番安い子どもセットを買ってあげました。今はそれをおもちゃ代わりに演奏します。英才教育をするつもりではないので、仮に演奏できなくても、音楽が好きなのはうれしいです。音楽大好きで体を揺らしたり、唄ったりしますね。言葉で説明してもわからない時期なので、叱り方が悩みどころです。強い気持ちをもって叱るのだ!と自分に言い聞かせながら、昔の父も叱ることは辛かったのでは?…と思い出します(笑)。
――ヴァイオリニストとしてプロの演奏家になれる人と、そうでない人の別れ道はどこにあると思われますか?
譜面にはまったくない個性的なオリジナルの演奏ができる人は光っている気がします。ある意味で頑固さがないと自分に負けてしまう。あとは人との縁で切り拓かれていくものではないかと。私の場合、父の音楽ディレクターをされていた方がたまたまデビューのキッカケを作ってくださったのですが、高校卒業時に漠然と「音楽の道で何かやっていけたらいいなと思っている」と伝えた時は「今じゃないね」とバッサリ言われましたが、大学進学して数年後に再会した時に「このタイミングなら行けるから頑張ろう」と背中を押してくれました。私は人見知りでおとなしい方なので、そういう人との出会いはとても大きかったのです。
――人とのご縁にめちゃめちゃ共感します。では、最後にニューアルバムへ込めた想いと、音楽好きな同世代へメッセージをお聞かせください。
今回初のセルフ・プロデュースしたアルバム「amour」は愛情深い選曲もでき、レコーディングも豪華なメンバーに協力して頂けました。これまで10年間支えて頂けた皆さんに感じる愛がamour(アムール)というタイトルにつながりました。全12曲すべて思い入れがありますし、いろんな人の魂がギュッと詰まっています。最初に自作の「flower」を入れ、明るく花開くイメージを扉にしました。他、May J.さんのドラマティックな歌声やオーケストラとの曲もあります。
私自身も小さな頃から音楽を聴いて育ったのでクラシックが身近にありました。生活にクラシックが流れているだけで小さな子でも音楽に興味をもてるのではないかと思います。私は五嶋みどりさんの「Encore」というCDを聴いて育ちました。頂点を極めているヴァイオリニストでいらしても、今でも本番前まで誰よりも練習をしておられます。弾いても聴いてもヴァイオリンは新しい発見があるので、躊躇せずに触れてみてほしいと思います。
編集後記
――ありがとうございました!ヴァイオリンを弾くのが何よりも好きなことだったという笑里さん。容姿の美しさも際立ちますが、地道に練習を重ねてきたからこそ、人の心に響く美しい演奏ができるのですね。お人柄を表すように、ふんわりとやさしく謙虚で控えめなお話のされ方でしたが、もうすぐ3歳になるお嬢さんのお話をされる時は、普通のママの顔になるのも素敵でした。まずはアルバムを早く入手して聴きたい!7月のコンサートも絶対行きたい!と欲望を掻き立てる、魅力溢れる笑里さんなのでした。
取材・文/マザール あべみちこ
2017年4月26日発売!