花で年を越した河津桜。咲く花のこころ

年末から咲いた河津桜がそのまま年越しして、睦月の寒気と霜にやられてしおしおになりながらも、2月に入っても落ちずに咲いていました。咲いているといってもこんな姿ではありましたが。

河津桜は早咲きの桜です。といっても、近所にある他の河津桜の木々はまだ、ようやく蕾が膨らみはじめたくらいな感じだから、春を告げて咲いたわけではないようです。

たぶん、昨年の秋に大発生した毛虫に落葉前の葉のほとんどが食べられてしまったせいで、生命のピンチに直面したと思った桜の木が、命を未来につなごうと必死に咲かせた花なのだと思います。

昨年の秋にも咲いた河津桜。その時は、狂い咲きとは言え、「この子たちも、きっと咲きたかったにちがいない」なんて書いたけど、年を越した桜の花のしおれ切った姿を見ると、さすがに違った感慨をいだいてしまった。

河津桜は園芸品種の桜だから、たとえ花を咲かせたとしても実を結び、命をつないでいく可能性はないかもしれません。それでも秋に葉っぱを喰い尽くされてしまったこの桜は、何とかして命を次の世代につなごうと秋に咲き、そして木枯らしの季節になっても、年の瀬近くなってまでも咲き、本来なら経験することなどなかっただろう真冬の寒さと霜に朽ち果てようとしていたのです。

アールヌーヴォーのガラス工芸の巨匠、エミール・ガレがこの花を目にしたら、間違いなく冬に咲いた桜の花をモチーフに作品を作ったに違いないと思います。彼の代表作である「ひとよ茸ランプ」も「フランスの薔薇」も「においあらせいとう」も、彼がしばしば取り上げたカゲロウや蜻蛉、蝉なども、「命をつなぐこと」がテーマだったから。必ずしもきらびやかで美しいだけではない、枯れゆく美を見出した芸術家だったから。

年越しして咲き続けた花は、節分の声を聞くとすぐに消えてしまいました。

しかし、そのすぐ近くでは、後を追うように数多くの蕾が膨らみはじめています。まだ河津桜の本来の季節にはほんの少し早いかもしれませんが、この蕾たちが春を告げる桜として花開いてくれることを祈ります。

春の花が咲くと、それだけで晴れやかな気持ちになるけれど、咲く花たちは必死で咲いているのかもしれません。きっと私たちも、そんな花のこころが意識の底流で伝わってくるから、春咲く花を愛で無条件に愛でたくなるのかもしれませんね。

今年は早く、春よこい。

2月中旬になると、早くも伊豆半島の河津桜は8分咲き。ヒヨドリやスズメ、シメなどの鳥がやってきて盛んに蜜を吸っている姿も見られるようになりました。