地震や津波対策の根本である検討用地震動も検討用津波の最高水位も、従来のものはもちろん、東日本大震災で福島第一原発が被った地震・津波を上回るものに設定されている。より規模の大きな地震や津波を想定した上での対策だから安心かというと、必ずしもそうとは言えない内容だ。次のページに記された防護対策の考え方を見てみる。
敢えて、最悪の解釈を試みる。
「段階的アプローチ」というのは、出来るところからということだ。部分的な達成度というからには、効果の大きさは問わないということ。だから、着実に効果が上がる対策からという時の「着実な効果」もその大きさは問わない。つまり、どんな規模、どんな効果の対策でもあっても、何らかの対応を行うだけで、具体的効果を生み出しうる段階的アプローチをとったとして、この項目の要件は満たされることになるだろう。
「時間軸等をふまえて」というのは、必ずしも来るべき地震や津波への対策を最優先にしないということだ。廃止措置の工事とは廃炉に向けての工事のことだから、廃炉関連の諸工程よりも地震・津波対策を優先することはない(廃炉までの40年間、同じ理由付けがなされかねない)。高線量等現場の状況や廃棄物をたくさん出すことにつながらないかなど、来たるべき災害対策への縛りは多い。
「機動的対応」とは、個々の施設・設備に対して十分な対策を打つのではなく、移動可能な装置や設備で複数のリスク、あるいは被害が発生しうる現場に対応させようということだ。要するにコスパ優先ということ。東日本大震災で、非常用電源が確保できず、ディーゼル発電機の起動に失敗し、緊急炉心冷却にも失敗、ベントにも成功したかどうか分からず、応急的に消防車による注水を試みるも難航、爆発で屋根が吹っ飛んだところからの注水しか実効性ある対応がとれなかった過去を、東京電力はどのように受け止めているのだろうか。
さらに酷いことは、事故後の時間経過によって崩壊熱が低下したため、対応に時間的余裕ができたことを機動的対応を行いうる理由として挙げた点だ。崩壊熱の低下は放射性核種のそれぞれが、固有の半減期に従って減少してきた結果であって、東京電力が減らしたわけではない。原発事故の直後の対応でも実効性ある措置をほとんど行えなかった東京電力が、今度は時間的余裕があるから少数の設備の起動運用で大丈夫と言ったとしても、いったい誰が納得するというのか。
冷却が中断しても、注水を再開できる見込み
今後の(中略)評価を活動し、機動的対応への影響確認
(燃料デブリが冷却できなくなっても)放射性物質(セシウム)が放出されるまでに2日以上の時間余裕があり、それまでに注水が再開できる見込み
(起動運用する装置・機器の)アクセスルートについては、今年度末までに改善する計画
引用元:福島第一原子力発電所の中期的リスクの低減目標マップ(平成27年8月版)関連項目の取り組み状況について(44ページ)
「見込み」「今後確認」「見込み」「計画」……。震災から約5年も経つのに、何も決まっていないのだ。東日本大震災の地震・津波よりも大規模な地震や津波を想定しても何の役にも立っていない。唯一決まったらしく見えるのは「機動的対応」という方針だが、リスク対策としては明らかな後退と言わざるを得ない。
ALPS処理水の海洋排出が俎上に
もう一度冒頭の「中期的リスクの低減目標マップ」に戻りたい。今回の発表で説明された赤囲みのアジェンダの他にも、今後大きなリスクを伴うことになるイベントがいくつか記載されている。
たとえば3号機建屋カバー等の設置完了は平成28年後半に予定されている。続いて使用済み燃料プールからの燃料取り出しもスケジュールされている。デブリを冷却した後の水の核種分析は28年初頭に予定されているが、そんなことすらまだだったのかという印象も否めない。
事故原発構内を埋め尽くすほど林立していたタンクの中に貯えられてきた汚染水のリスクは、多核種除去設備等での処理が進んだおかげでかなり改善された。しかし、過去に漏洩した高濃度汚染水の動向は今後も注意を要する。
海側遮水壁の完成で、汚染された地下水の海洋への流出は抑えられたようだが、堰き止められた陸側で汚染地下水の水位が上昇するという新たなリスクが現出した。
建屋内の汚染滞留水と建屋の外側の地下水を接触させることなく、汚染水全体の量を減らしていく作業は、まるで綱渡りのようなギリギリの条件で進められていくことになるだろう。ある日突然「Bad News」に接することがないように祈るばかりだ。
Bad Newsといえば、事故原発が再び激甚災害に見舞われるようなことがあれば、日本にとって、そして世界にとってそれ以上酷い知らせはないだろう。私たちは決して忘れないだろう。自然の前では人間の想定など何らの意味も持たなかったことを。しかし残念ながら、この資料に記されている限り、東京電力の災害対応は大きく後退していると言わざるをえない。
そんな状況の中、多核種除去設備等の処理水(セシウムやストロンチウムなどはかなり取り除かれるものの、トリチウム濃度は高い)について、「規制基準を満足する形での海洋放出」というプログラムが明記されている。実施時期は不確定とされるものの、「水で薄めて海洋投棄」という基本路線を押し通そうとの意志が感じられる。安全のため、放射性物質を投棄しないという発想ではなく、「トリチウムは取り除けないから」「いつまでもタンクを増設し続けるわけにはいかない」という都合でお手軽に投棄に走るスタンスは感心できるようなものではない。
「たぶん大丈夫だろう」という気持ちで取り扱うには、あまりにも危な過ぎるモノ、事故で壊れた原発を預かることの意味を、東京電力のみなさんには繰り返し繰り返し思い出し続けてもらいたい。そして何度でも原点に、事故を起こさないという初心に立ち返り続けてほしい。東京電力福島第一原子力発電所は未知のリスクが潜むダンジョンのようなものだから。