ダンボルギーニ、女川の駅前商店街に登場

ショールームに展示された超高級スーパーカー!と思いきや、石巻市の今野梱包という会社の社長と社員有志がイタリアの高級スーパーカー「ランボルギーニ・アヴェンタドール」の躍動するフォルムを、すべて段ボールで再現した、その名も「ダンボルギーニ・アベンダンボール」だっ!

女川+世界的超高級スーパーカーの鮮やかさ

その完成度が凄すぎると、昨年12月中盤以降ネットで話題沸騰。ダンボルギーニが展示されている女川駅前の商店街には、12月23日のオープン以来多くの人が集まっている。(商店街オープンの日には、なんと本物のランボルギーニ・アヴェンタドールまでやってきて、ダンボルギーニとともに展示されたのだった)

このダンボルギーニ、すごいのは外見の仕上がりだけじゃない。スペックの一部を抜粋するのでお読みいただきたい。

フレーム:トライウォール社製強化ダンボール
ボディ:使用材質 K6/BF-K7/BF-K7/AB
    非可動式スポイラーとサイドインテーク
    アルミニウム製風フロントボンネット
リアスポイラー:通常ドライブモード固定型
サスペンション:TW組み込み式固定型
        紙管製ドライブシャフト
全長:4,780
全幅:2,030
全高:1,136
乾燥重量:あなたと同じ
エンジンタイプ:60°V型12気筒、 MPI風UVプリント
最大出力:1CV程度(570W程度)※大人4人の場合
最高速度:3km/h
動力源:トラック輸送+(人力2足×4)=8WD(8ウォークドライブ)
ステアリング:空想型ドライブセレクトモード
フロントタイヤ:コンポズ 255/35 ZR19 TEIDO
リアタイヤ:コンポズ 335/30 ZR20 GURAI

引用元:展示されたスペックより一部抜粋

ダイナミックなボディを段ボールで再現するばかりではなく、エンジンやサスペンション、タイヤなど細部に至るまで徹底して段ボールで作り上げてしまったのだ(段ボールじゃないのはサイドミラーに使ったアクリルミラーくらいか)。ニュースで報道された「部品点数約500点」は、ダンボルギーニ製作へのこだわりの証明だ。しかも、「非可動式スポイラー」とか「動力源:トラック輸送+(人力2足×4)=8WD(8ウォークドライブ)」とか「リアタイヤ:コンポズ 335/30 ZR20 GURAI」といったディテールにまで遊び心が際立っている。完成後には実際に人力2足×4ドライブでコンビニの駐車場に移動して写真撮影までしてしまったほどだ。

ここまでやるか、というところまで徹底的にトンガって遊び倒す――。たかが段ボール製の模型ごときとハナで笑わせない圧倒的な存在感。見る者の目を釘付けにし、人の心を引きつけ、わざわざ女川の商店街まで見に行きたいと思わせるのは、作り手たちのマインドがギンギン伝わってくるからだろう。

ダンボルギーニのエンブレムはサングラスをかけた乳牛?

ところで…何のためにダンボルギーニは生まれたの?

ここで記事を終えてもいいのだけれど、それだけじゃ終わらせるわけにはいかない。

たしかにダンボルギーニは、21世紀初頭に生きる我々全人類が、必ず一度は見るに値するスゴモノだ。しかし、なぜ、今野梱包の人たちは段ボールという素材でスーパーカーを再現せねばならなかったのだろうか。念のために言っておくが、女川の新しい商店街のほぼセンター辺りに位置するこのテナントへの入場料は無料だ。しかし、今野梱包が支払っているテナント料は間違いなく有料だ。ダンボルギーニとランボルギーニのコラボは、女川町の第2のまちびらきの大きな目玉のひとつになったのは疑問の余地もない。たくさんの人たちが見てみたいと集まってくれた。しかし、だからと言って今野梱包株式会社はがダンボルギーニによって大きな経済的利益を得たとは思えない。多分持ち出し。なのになぜ?

グレートな趣味人だからこそダンボルギーニが生み出されたのは間違いないが、設計者である今野英樹さんは今野梱包の社長である。ダンボルギーニの製作に当ったのも同社の有志たち。つまり、ダンボルギーニが業務外の課外活動で作り上げられたのは間違いない。要するにロハ活動だ。何が彼らをしてそうせしめてきたのか――。

とは言え、店舗維持のためには売り上げが不可欠。商品の1つでも購入してもらいたいという本音をストレートに掲げているあたりも、いかにも今野さんらしい。ご来店の際にはぜひご協力を!

今野社長と今野梱包はこの数年、石巻界隈では注目の的だ。強化段ボールで作られた恐竜の形をした滑り台はこどもたちから大喝采&大歓声を浴びた。女川のテナントにも展示された段ボール製の拳銃コルトパイソンは、実銃と見まがうほどの精巧な段ボール製だが、発射される弾はただの輪ゴム。今野さんは「世界一安全な銃」と呼んでいる。段ボール製の銃にはさまざまな種類があって、2014年秋に青山で開催されたイベントでは、私(筆者)自身、銃の的役として楽しませてもらった。幼稚園くらいの子に狙われていても外観が実銃みたいだから、最初はスゴク恐かった。だけどそのうち輪ゴムの弾をお腹に当てられるのが、だんだん快感になっていったのを覚えてる。その時たしか今野さんに、輪ゴムマシンガンを作ってと言って呆れられたっけ。(当てられる側が「カ・イ・カ・ン」と薬師丸ひろ子風に言うような銃をたしか所望したはずだ)

実はダンボルギーニ以前から、今野さんと今野さんの仲間たちは、直接お金にはならないことに没頭し、先に述べた通り「ここまでやるか、というところまで徹底的にとんがって遊び倒す」仕事を続けて来たのだ。次はどんなものが飛び出して来るかと石巻地域の多くの人が期待を寄せる存在でもある。(といって、今野さん、あまりプレッシャーに感じないで下さいね)

と、大まかすぎる説明をさせていただいた上で、それでもやっぱりダンボルギーニとご対面して感じたところを率直に今野さんに聞いてみた。以下、一問一答で。

――素朴な疑問として、どうして石巻の今野さんが女川に出店することに?

(実は今野さん、実はかなりシャイな方だと私は思ってる。一発目の質問にもオフレコな答えしか返って来なかったので、ちょっと誘導尋問)

――石巻にテナントを出しても石巻までしか来てくれない。でも、女川に出店することで、ここまで来てくれる人はほぼ必ず石巻も経由してくれる、っていうことで決断されたと理解していいのですか。

今野英樹社長(以下今野さん):まあ、そうですね。女川と石巻では自治体としての区分は違いますが、ほぼ同じ地域といっていい。だから自分も石巻市でこのようなテナントを出店するよりは女川だから、という考えは確かにありました。でもね、ここで何をやるのかというのは、かなりギリギリまで「おりて」来なかった。本当にギリギリでした。

――まるで実銃のような段ボール製の「世界一安全な武器」でもよかったでしょうし、恐竜の滑り台でもよかった。だけど、新しい何かにこだわられたということ?

今野さん:そういうことです。この女川でやるからには、この町に外からも人が集まってくれる何かが必要だったんです。

――だからこそ、白紙状態のままギリギリまで考え続けられたと。

今野さん:とにかくここでやるからには、っていう気持ちばかりが強かったですね。だから、何もおりて来てくれない時期は辛かった。

――それでも、おりて来てくれた結果がこれです。石巻や女川が大好きな人間として、自分も本当に素晴らしいことだと思います。で、今野さんがダンボルギーニのようなものを作られた目的や狙いを改めて教えて下さい。

今野さん:狙いというか、目的は2つあるんです。ひとつはこの地域の内側に向けてのアピールですね。

――それは、震災以前から、地域の高校を卒業すると、「なんとなく」よその都会、仙台とか首都圏とかに出て行く若者が多かったということに対してのことですか。

今野さん:まったくその通りで、女川も含めた石巻地域にはとても面白い仕事をしている人がたくさんいるし、日本中でここだけ、この人だからこそという技術をお持ちの方が少なくありません。しかし、外に出て行った方が面白いことができそうだといって出て行く。だけど、必ずしもやりがいを見出せる訳ではない。そういう状況を何とかしたい。わざわざ出て行かなくても、面白いことはたくさんあるぞ、と。

――強化段ボールを使って、ここまでのことができる。本来、段ボールというのは曲線や曲面を表現するのは難しい素材ですが、今野さんのところには、レーザー加工によってきわめて精緻な構造や表現をする技術がある。さらに彩色の技術も合わせることで、これまでの段ボールではありえなかったものを作ることができるようになった。そんなテクノロジーをアピールする場としての意味があるですね。

今野さん:いやいや、会社のアピールということばかりではないんです。なぜか不思議と石巻や女川の地域には面白い人が多い。すごい人がたくさんいる。地元に生まれ育っていても、そのことを知らない人が多い。いったん地元を離れてしまった人でも、Uターンすれば何かもっと面白いことができるんじゃないかという、そんな空気を作るお手伝いをしたいのです。

――では、目的が2つあるとおっしゃったもう1つについて教えて下さい。最初の1つが地域の内側に向けてのアプローチであったわけですから、もうひとつは外に向けてということですよね。

アピールする力が失われつつあること

今野さんの返答は、「外の人間」である自分にとって衝撃的だったが、考えてみればよく納得できることだった。

今野さん:たとえば震災とか被災地という言葉がアピールできる力が低下してきていると思うんです。被災地だからということだけでは、なかなか注目してくれないし、来てくれない。そんな現実を考えた時に、自分たちにできることは何か。現時点で自分たちにできることを精一杯やってみた。それがダンボルギーニだったのだと思うのです。

――女川というこの場所で何をやるべきかというイメージが固まるまでに時間がかかったというのは、そういう思いがあったからのことなのですね。そして、今回のダンボルギーニで、たくさんの人が「目当て」として来訪してくれるほどになった。ではその次につなげていくとしたら、たとえば来てくれた人たちに、強化段ボール製の棺桶とか、そういうところに関心を持ってもらうことということですか。

ほんのわずかだが、会話に間隔があったように感じた。