町全体でかさ上げ工事が進められて、自分がどこにいるのか、どの道を走っているのかも分からない2015年秋の大槌町。ショッピングセンター・マストがある国道の交差点を東に向かうと、やがて大槌川沿いの道と交差するだろうという当てずっぽうの直感で町に入る。ナビなど意味をなさない土地。
仮設道路と仮設道路が交差するところに、旧・大槌町役場が残っている。なんとか今回もたどり着くことができた。玄関前の慰霊施設には全国から寄せられた千羽鶴。
役場の建物の周囲は養生パネルで囲まれていた。ところどころ透明パネルが使われているのは、震災遺構としてここを訪れる人たちに、震災の記憶を伝えていくための配慮に違いない。
しかし、この町役場にもかさ上げ工事が迫っている。写真ではわかりにくいがこんな感じだ。
かつては大槌川沿いにつながる道路だった場所も今は盛土の下。役場側の歩道だったところに土の壁がそそり立っている。
やがてかさ上げ工事が完了したあかつきには、町役場の遺構はどうなってしまうのだろうか。南三陸町の防災庁舎周辺のかさ上げ現場で感じたのと同じことを思ってしまう。今はまだ人が住むことのない地上10メートルほどの空中が、人々の新たな生活の場となったその時、かつての町の地面を、そしてその地面に建っていた役場庁舎の、さらにそのまわりに広がっていた街並みの記憶を、私たちはどのような視線で見つめることになるのだろうか。
かさ上げ造成が進む場所のどこに行っても同じことを感じるということは、もしかしたら想像以上に重要なことなのではないか。漠然とそんな気もしてくるのだ。