ダイアナ妃のわすれもの

こんな夢を見た。ダイアナ妃が国会前のデモのステージに上がって人道主義について語っている。デモに参加した何十万人もの人々は彼女の言葉に耳を傾けている。数十万人の人々が集う場所がしーんとして、ただ彼女の言葉だけが人々のこころに染み込んでいく。数十万人の静寂を静かにふるわせて、その声はやがて固い石材やコンクリートをもすり抜けて、世界に広がっていく。

先週末に仕事でダイアナ妃について短いコラム記事を書いた翌々日の日曜日、国会前デモに参加した後だから、そんな夢をみたのだろう。何ら違和感のない、実にストレートな感じの不思議な夢だった。

私たちにとって彼女は、ただただ最高の母でした(事故死から10年のミサでのヘンリー王子の言葉)

ダイアナ妃が交通事故で命を失ったのは1997年8月31日のこと。もう18年にもなることには率直にいって驚かされる。

彼女はチャールズ皇太子との交際が発覚して以来、もちろん結婚式や王子の誕生、海外訪問など、つねに世界中のメディアの注目の的だった。彼女は英国皇太子妃という存在を超えた世界的なアイドル(偶像)になった。日本のマスコミも彼女を特別扱いした。

テレビの中のダイアナ妃しか知らないから、マスコミが取り扱うとおり私も彼女のことを世界的な特別なアイドルだと思っていた。それほど関心がなかったからなおのこと、マスコミが作った彼女のイメージをそのまま受け入れていた。

チャールズ皇太子との離婚では、ほとんど全世界がダイアナ妃の味方についているかのように感じた。そして離婚の後のスキャンダル――、世界的な歯科医と大富豪の息子を二股にかけているというスキャンダルには、世界中の人たちとともに困惑した。そしてそれからわずか後の事故死。死亡後にさらに深まっていったスキャンダル報道。彼女が妊娠していたという噂。奔流のような陰謀説や醜聞に幾重にも覆われて、彼女の人となりは闇に霞んでいった。

しかし、事故死から10年の追悼ミサで兄ウィリアム王子と並んでマイクの前に立った次男のヘンリー王子はこう言った。

私たちにとって彼女は、ただただ最高の母でした
私たちは毎日彼女のことを話し合い、そして笑い合っています
母は多くの人たちを幸せにしてくれました

引用元:ダイアナ妃の事故死から10年の追悼ミサのスピーチより

テレビ映像の中できらめきを誇示していた偶像が、たしかに心臓を鼓動させて生きている人間だったということを、死後10年の言葉によって悟らされた。

「私は人道主義者です」(地雷問題で反対派に)

彼女はチャールズ皇太子の妃として、ウィリアム王子とヘンリー王子の母として、そしてエイズ問題やハンセン病問題、地雷除去問題に熱心に取り組んだ人道主義者として生きた。スキャンダルが本当であるとすれば、離婚後2人の男性の恋人でもあった。そんな彼女の人となりを、そのまま受け入れて、彼女がどんな人物だったのかを考えてもいい時期が来ているように思う。

たとえば、皇太子妃として暮らした15年がどのようなものだったのか。女性として母として、何を考えて生きてきたのか。なぜ彼女は皇太子と離婚した後も慈善活動を続けたのか。離婚後の恋人と噂された人物とのクルージングを抜け出してまで、地雷除去活動を行ったのはなぜだったのか。地雷によって傷つけられた体で生きている子供たちを抱き、語らう彼女はどうしてあんな表情ができるのか。防護チョッキを着て地雷原を視察するダイアナ妃が発する気高さはどこから来るものなのか。

戦闘行為に欠くことができない基本アイテムである地雷を除去することは、極めて高度な政治マターだ。活動を快く思わない反対派の言葉を、彼女は「私は人道主義者です」と断言することで跳ね除けていたという。彼女の言う人道主義とはどんなものなのだろう。さまざまな「不都合」に動かされて平和活動にイチャモンをつけてくる反対派を撃退した人道主義。その言葉を噛みしめてみる。

仮に、スキャンダルがすべて事実だったとしても、彼女が発していた輝きは色あせそうにない。

彼女は妻であり母であり恋人であり女性であり、そして人道主義者だった。

夢の中でダイアナ妃のスピーチが聞こえる。彼女の死から3カ月後、対人地雷禁止条約が締結された。そのことを彼女は知らずに死んだ。しかし、条約が締結されても地雷が容易になくならないことを、彼女は深く理解していただろう。平和に反対する人たちはさまざまな不都合を背負ったり、呑み込んだりして、やはり彼らも生きている。きっと執拗に生きている。

現に地雷はなくなっていない。米ロ中などの軍事大国はこの条約を締結していないし、条約加盟国である日本の自衛隊は、トラップとしては使わないという条件のもと対人地雷兵器を装備している。

肉体を失った彼女が夢の中で平和を訴える。
私たちはダイアナ妃から仕事の完成を託されている。

「私も人道主義者です」と
すべての人々が胸を張って断言できる世界を作っていくことを。