あの看板とはこの看板。立ち入りが厳しく制限されていた2013年、原発事故被災地のツアーバスからの撮影で切れ切れですが、まぎれもなくこの看板のこと。
原子力明るい未来のエネルギー
国道6号線から双葉駅への道に右折する車窓から、この看板が見えてきた時には強烈な皮肉めいた感情と、そこから跳ね返ってくる慚愧のような気持ちとデジャブ感でいたたまれなくなった。「あ…」と小さく声は出るものの、どんな表情でこの看板と向かい合えばいいのか分からない、経験したことのないザラついた感情が湧いてきた。
おそらく日本中の誰もが知っているであろうこの原子力PR看板が、撤去されようとしているらしい。しかも410万円もの予算をかけて。
みなさんはどう思われますか。
オンライン署名を運営する社会的企業 Change.org のサイトでは、この看板の撤去反対と、震災遺構「負の遺産」としての保存を呼びかける署名が行われています。ネット上の情報によると、この署名の発起人は小学校6年生の時に「原子力明るい未来のエネルギー」というこの標語を実際に作って選ばれた人なのだそうです。いったいどんな気持ちで反対されているのでしょうか。そのお気持ちは、 Change.org に記された請願の内容をご覧いただければ理解してもらえるでしょう。
この看板は撤去すべき、あるいはしないべき?みなさんはどう思われますか。
以下、愚考です
このPR看板を実際に目にした時、私は非常に大きなマイナスの感情をいだきました。この看板の撤去話を聞いた時、保存してほしいと考えたのは、実際に看板を目にした時に感じた圧倒的なマイナスの感情によると思います。
しかし、実際に看板を見たことがあるかどうかは、今はそれほど大きな問題ではないかもしれません。撤去という話を聞いて、なぜ?とか反対だと感じる人のほとんどは、きっとこの看板の中に人類の底知れぬ愚かさを見出して、反省の気持ちを未来へつなげていくことが必要だと思う人でしょう。広島の原爆ドームやアウシュビッツと同様に、負の遺産の意義を感じる人たちなのだと思います。
この看板は恥部です。この看板を掲げた町の人々の、ではありません。日本中の、もっというなら人類の恥部です。人がどれほど「ひとでなし」であるかの象徴です。だからこそ、それを見えなくすることはあってはならないと思うのです。
ただ、全く逆の考え方もあるでしょう。それはつまり、「原子力はこれからも未来のエネルギーであるべきだ」という考え方です。標語を100%前向きに捉える見方です。現に、2014年に閣議決定されたエネルギー基本計画では、原子力発電は重要なベースロード電源(出力調整は難しいが安価なエネルギー)として維持していく方針が打ち出されています。
ベースロード電源としての原子力発電再開を考える人々にとっては、「原子力明るい未来のエネルギー」はこれから先も、キラリと光るキャッチフレーズであるはずです。なぜなら、現在、エネルギー供給は原発ゼロでも成り立っているのに、わざわざ原発を再稼働するというのですから、その考えが正当なものなのであれば、原発の再稼働によっていまよりもっといい未来、明るい未来がやって来るはずだからです。
(再稼働はやばいかもしれないけど、とりあえずまあいいか、なんて人が将来設計を左右したり、賛同したりなんかするはずないというのが大前提ですが)
つまり、原子力発電を維持・推進する立場から見ても、この標語の内容は何ら問題がないばかりか、原発の素晴らしさをアピールするものと考えていいでしょう。
「原発には反対だ。看板は保存すべき」という人たちとは理念こそ違え、看板を維持すべきという結論では全く同じなのです。
原発事故で大変な思いをしている「県民の心情を考えて撤去すべき」という考えもあるでしょう。原発を推進の人にも、原発に反対する人の中にも、そう考える人たちはいることでしょう。
しかし、このことを忘れてはいけません。PR看板が設置されている双葉駅前につながるこの場所は「帰還困難区域」です。通り抜け可能な国道6号線ではなく枝道に設置されているので、6号線を走っているだけならほとんど目に入りません。
つまり、撤去の可否の判断はこの町に人々の暮らしが戻ってきてからでも遅くないということです。震災遺構を未来に残していくためには時間をかける姿勢が重要だということを、私たちは今回の震災でも数多く学んできました。住民が居住していない場所の遺構候補について、軽はずみに撤去に走らない姿勢が重要なのは論をまちません。
さらに、県民の心情に配慮するのであれば、県内の原発10基すべての廃炉を速やかに決めた方がずっと喜ばれるでしょう。県議会・県内のすべての地方議会が採択していく中、福島第一原発1号機~4号機は事故の翌年2012年4月19日にようやく廃止が決定されました。隣接する5~6号機の廃止決定はさらに遅れて2014年1月31日のこと。さらに福島第二原発はまだ廃炉が決定されていないのです。原発事故で大変な思いをされた地域の方々は、いまも次の事故への不安を拭えず苦しめられ続けています。
つまり、人が住まない場所に立っている看板の撤去よりも先にやるべきことはたくさんあるということです。
老朽化などといったケチな口実を付けて、莫大な費用を掛けて撤去することなく、このPR看板は、末永く保存して、さまざまな立場の人々が意見の違いを越えて、核エネルギーの未来と現世代の責任について考えるための「遺構」として活用していただきたいと思います。
次に双葉町に行った時に、この看板が跡形もなくなっているなんてことはないだろうと思っています。「再稼働はもしかしたらやばいかもしれないけど、自分たちが生きてるうちは多分大丈夫だろうからやっちゃえ!やっちゃえ。その際、この看板は目障りだから撤去しちゃえ」なんて、そんな人たちの国ではないはずですからね。