ちょっとこれは……
5月26日午前、固体廃棄物貯蔵庫前での作業前ミーティング中の作業員に、全面マスクの片方のフィルターが外れているのが発見され、インシデントとして発表される。
マスクのフィルターのしかも片方が外れていたからって、なんでトラブル扱いなのか? と思う人もあるかもしれないけれど、やはりこれは大変なこと。
そもそも全面マスクとかフィルターと言ったって、どういうものだか分かりにくいかもしれない。東京電力の写真公開ページに5月14日に公開された「キャロライン・ケネディ駐日米国大使の福島第一原子力発電所ご視察」というページに、全面マスクがどんなものなのかよく分かるアップ写真が掲載されていたので、引用してご紹介。
ヘルメットも着用したケネディ大使が顔面に着用しているのが全面マスク。口もと左右の白い円盤状がフィルタ。
廃炉カンパニーの最高責任者、東京電力の増田尚宏常務執行役に説明を受けるケネディ大使。全面マスクはすでに曇っている。
同じく、1・2号機の中央制御室で増田氏の説明を受けるケネディ大使。もう何も見えないのではというくらいにマスクは曇っている。
さらに同じシチュエーション。政府高官の視察なのだから、せめてお顔が見えるようにマスクをクリアにしたいところだが、この場所ではそれができない。
どうしてマスクをクリアにできないのか
どうしてマスクを拭いたりして、表情がきれいに映るようにできなかったのか。
だって、日米関係の橋渡しを担う重要な人物だよ。就任の時には、あんな大観衆が集まったくらいの方なんですよ。そんな方が日本で最も危険な場所に足を踏み入れたのに、マスクの曇りで表情すらよくわからないなんて。でも――、
答えは単純明快。この場所ではマスクを外して曇りを拭き取ることはおろか、マスクに隙間をあけることすら許されないから。
高線量区域で作業を続けている人たちの言葉では、全面マスクは作業を行う上でたいへん邪魔なものであるらしい。汗をかいて顔がかゆくても掻くことは許されない。Jヴィレッジか免震重要棟でマスクを着用したら最後、作業終了まで決して外したり緩めたりすることができないものなのだ。
なぜなら、その場所は、作業員の健康を冒しかねない高い放射線量の環境だから。
米国の駐日大使が、曇ったマスクのガラスを拭うことができないのと同様に、その場所で作業する人たちも、そのエリアでマスクを外すことはできない。マスクの曇りでどんなに視界を遮られたとしても、その場ではそれを拭うことすら出来ない。マスクは命を守る物であると同時に、就業できる期間を制限する被曝量を大きく左右するものだからだ。
マンガ「いちえふ ~福島第一原子力発電所案内記~」(竜田一人・講談社)には、全面マスクはJヴィレッジで作業員に渡され、事故原発構内の免震重要棟で着用し作業現場へ向かう。装着時にはフィルタの「リーク(息もれ)チェックは超大事!」と描かれていた。
いくらマスクをしっかり装着して、さらにマスクと防護服のフード部分をテープで密閉したとしても、着脱式のフィルターが外れていては何にもならない。それはもちろんその通りだろう。
でも何かちょっと違ってないか?
今回のフィルター外れのトラブルは、作業員のケアレスミスを示す事例のように見えるかもしれないが、事故原発の作業現場の環境の厳しさを示すものなのだと思う。さらに考えれば、作業現場の人たちの疲弊を物語るインシデントなのかもしれない。
ケネディ大使のマスクの曇り具合を見ていると、現場の方がたの環境を心配せずにはいられない。もしも機会があるのなら、現地をこの目で見てきたいと切望する。
文●井上良太