富士山は世界「自然」遺産に相応しくないのか?

プレート境界からそびえ立つ稀有な存在なのに…

初冬のお天気安定期に入り、頂上近くに雪を載せた富士山がよく見える季節がやってきた。夕間暮れのアーベンロートの時間帯、バラ色に燃え上がる富士山の姿をおさめようと、会社の窓に張り付いて、カメラを構えている同僚もいたりする。

富士山は美しい。美しさの理由のひとつは形だろう。凸凹ごつごつしたところが少ない極めてシンプルな造形。その形には火山灰噴火と溶岩噴火を繰り返し層状に三体を積み重ねてきたという「自然」の力が働いていることは論をまたない。

いかにも日本的な情緒にも結びついている山だから、文化遺産として世界遺産に登録されたのも納得できる。しかし、当初進めていた自然遺産としての登録を諦めて、文化遺産での登録を目指したという経緯はどうも腑に落ちない。悩ましかったりもする。

「ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込み、さらにその下に東から太平洋プレートが沈み込んでいます。富士山はちょうど、3枚のプレートが重なり合う境目にある火山です」

文化遺産として登録される1年ほど前、火山学の研究者で伊豆半島ジオパーク推進協議会の専任研究員を務める鈴木雄介さんが話してくれた。勉強会で富士山の成り立ちについて詳しく教えてくれた鈴木さんに参加者から、「だけど、自然遺産としての登録を諦めているくらいだから、世界的には珍しくはないということ?」と質問があった瞬間、ふだん温和な鈴木さんが、きっぱりとした口調で言い切った。

「繰り返しになりますが、3枚のプレートが複雑に接している場所は地球上でも珍しい場所です。さらにそのプレートが重なり合う境目に火山がある。しかもその火山は、多彩な噴火を繰り返し、現在の形をなしている。富士山は間違いなく地球上でも稀有な存在です」

地球科学の目で見ても価値がある。素人の目から見ても、のびやかな裾野から山頂近くに向けてのラインは自然の造形として他に類のないものだと確信できる。しかし、自然遺産としての価値は否定された形だ。それでは富士山が気の毒ではないか。

自然遺産としての価値が認められないなどと考えようとする方が無茶だ――。富士山を愛する(鈴木さんたち火山の研究者には、研究対象に対する感情以上のものを感じることがある)人たちの強い言葉に、メディアが伝えていた「自然は無理。だから文化で」というストーリーに疑問符が付いた。

現状では「保護」に懸念も

文化遺産としての世界遺産登録から数カ月、静岡大学教授の小山真人先生が発表した一文(※)は、富士山の無念を晴らすものだった。

 富士山は、玄武岩質火山としては稀な火砕流を多発したり、1707年宝永噴火のような爆発的大規模噴火を起こす一方で、大量の溶岩を流すこともあり、きわめて多様な地形と地質をもつ。また、プレート三重会合点でもある本州弧と伊豆小笠原弧の衝突帯上に成長し、側火山の多さや長期的マグマ噴出率の高さから見ても、地球上の特異点と言える。

引用元:富士山には世界自然遺産の価値がないのか(科学,83,no.9,2013,巻頭エッセイ)

「地球上の特異点」という言葉で、ユネスコの世界遺産登録基準にある「傑出した普遍的価値」に合致することを示している。さらに、自然遺産としての申請を諦めた経緯についても言及している。自然遺産としての「完全性」を欠いていると結論付けた環境省と林野庁が共同設置した検討会には、

奇妙なことに、この検討会の委員には火山学者・地質学者がひとりも入っていない。

引用元:富士山には世界自然遺産の価値がないのか(科学,83,no.9,2013,巻頭エッセイ)

富士山という火山の自然が、世界遺産の候補たりうるかどうかの検討(実質的な決定)が、火山学者や地質学者抜きに行われたというのは、小山先生の指摘で初めて知った。ひどいものだと思う。

富士山の自然の魅力に関して、見事に名誉を回復してくれるテキストだが、小山さんは富士山の将来を憂いつつ文章を締めくくっている。

「富士山のような成層火山は、世界的に見れば珍しくない」などの記述が様々な書籍や地元自治体のWebページに書かれ、富士山の価値を不当に貶めている現状は嘆かわしい。
(中略)富士山麓の貴重な自然が人為改変によって失われつつあることを意味している。本来そうしたものを保護するはずの世界遺産条約が、現実には機能していない。かけがえのない富士山の自然を末長く保護するためには、文化遺産登録だけでは限界がある。複合遺産としての登録や、保全・活用の両概念を含む世界ジオパーク認定を目指してほしいと心から願っている。

引用元:富士山には世界自然遺産の価値がないのか(科学,83,no.9,2013,巻頭エッセイ)

富士山は地球の特異点。雪をいただだく富士山を仰ぎ見れば、その言葉が深く納得される。

●TEXT+PHOTO:井上良太