稲作のツボ

先日、稲刈り体験に行ったとき、みんなとこんな話になった。

「そういえばさぁ、田植えした時って、苗を2~3本つまんで田んぼの土に植えていったじゃない。でも、いま刈り取ってるのって、1株がやたら多くない?」

誰か、田植えの後にイネの本数を増やしたの~?

成長して背丈が高く伸びるのは分かる。百歩譲って茎の1本ずつが太くなるのも良しとしよう。でもさ、一株の本数が増えるのって変じゃない? 僕たちが田植えした後に、誰かがこっそり追加していったとしか思えない!

イネそのものが「分げつの術」を使うから

以下、いわき市で安全な米作り研究会の農家のみなさんに、稲作について教えてもらったノートをもとにお伝えします。

イネの一株の茎の数が増えたのは、イネ自身が「分げつの術」を使って増えていったから。イネは葉っぱが成長すると新しい茎をピヨンと生やす。田植えで植えた3本の苗は、成長とともに3本が6本に、6本が12本にとどんどん増えていく、これが「分げつ」と呼ばれる現象。イネの仲間の特徴だ。

増えた茎からはそれぞれ穂が出る。1本の穂(茎)に100粒の籾(お米)が実るとしたら、分げつで一株が30本になれば、一株当たり3,000粒のお米。もともと3本の苗から育ったんだから、一粒の種もみが1,000倍になったということ!

どれだけ分げつさせるかが、米作りの知恵と技

稲刈り後の田んぼに行くと、刈り取られた株が等間隔に並んでいる。田植えの時に機械で一定間隔に植えられた3本ほどの苗が、分げつして成長して刈り取られた跡だ。

一株30本で1,000倍なら、60本にすれば2,000倍。どんどん分させればいいのではと考えちゃうよね。実際、分げつを止めなければ結構な数まで分げつするものらしい。農業関係の本で調べてみたら、一株50茎くらいまで分げつして育てている農家もあるようだし、福島の田んぼでは「45本は多すぎたかなあ」なんて言う声も聞こえてきた。

えっ?一株の本数を増やせば増やすほど収穫が増えていいんじゃないの?

「それがダメなんだ。増えた分だけ穂はつくけんど、実が詰まらないんだよな。土地の力に応じた分げつにコントロールすることが大切なんだよ」

お日様の光を受けてどんどん成長していく植物の成長をどうやってコントロールするのか。それが水の管理だ。田植えした後の田んぼはずっと水が張られているわけではなくて、ある程度の時期になると「中干し」といって水が落とされる。田んぼから水を抜くことで分げつを止め、ここからはイネの1本1本にしっかり栄養をとってもらって、いい穂を付けることに専念してもらうというわけ。

分げつも田植えの間隔も、それぞれの工夫

ふと、大昔に勉強したデンプンの化学組成を思い出して質問してみた。分げつが多すぎると、実が入らない穂が増えるってことだけど、デンプンは太陽エネルギーを使って空気と水から合成される。化学的には炭素と酸素と水素でできているんだから、土の栄養は関係ないのでは? そんなイヤな質問にも、農家の人の答えは明快そのものだった。

静岡のこの田んぼは25本くらい

「たしかにお米の中のデンプンは光合成の産物だけど、葉っぱや茎などの体を作るためには土の栄養が欠かせないんだ。なかにね、50以上分げつして育ててる人もいるけれど、そのためには田植えの間隔を広くとって、分げつしても隣とぶつかり合わないようにするとか、計画的にやらなきゃダメなんだ。隣の株と近すぎると風通しが悪くなって成長が抑制されたり、病気になりやすくなったりもする。田んぼの条件と農家それぞれの考え方で、やり方は違ってくるんだろうね」

自分の田んぼだと、どれくらいの分げつが最適か。そのためにはどれくらいの間隔で田植えをするか。植物体としてのイネを丈夫に育てるための肥料を入れるか入れないか、入れるとしたらいつどれくらい入れるのか。土つくり、品種選び、田植え時期の決定、水管理、中干し・・・

分げつというちょっと不思議な現象から見てみると、米作りにはたくさんのツボがあって、あらゆる時期のさまざまな判断がぜんぶ一つながりになっていることがわかってくる。

付け加えるなら、稲刈りをした後のワラをすき込むかどうかも大きい。イネの可食部(つまりお米)以外の植物体(根や葉や茎など)を田んぼに戻して循環させていれば、極端な話、肥料を追加しなくても、毎年稲作を続けていくことだって可能かもしれない。

ちょっと教えてもらったもんだから、今年の夏は東北で、関東で、そして九州の田んぼで、「どれくらいに分げつするんですか?」と聞いてみた。ちょっとびっくりして、でも嬉しそうに教えてくれた人もいたし、イヤな顔されたこともあった。

でもきっと、分げつ数は、どんな稲作を行っているかを示す重要なバロメーターのひとつなのだろう。土の力と太陽、そして水の恵みを受けて、まるでリサイクルするようにして毎年お米を生み出す稲作。田植えした頃の小さなイネの苗には、すごい力が詰まっていたのだった。

後記

毎年毎年くり返す仕事と、その年、その時に応じて工夫してきたこと。田んぼにはお百姓さんの知恵と技術が注がれているんだと思う。原発事故で負の影響を受けた地域での米作りは、長年続けてきたサイクルを再考し、例年に増して様々な工夫や苦労を積み増すことでやり通した米作りだったと思う。

実際に、お米を作るところを見て、教えてもらって、少しだけれど自分なりに理解したことで、ご飯を食べる時、お米を噛む回数が増えました。ちゃんと味わって食べなくっちゃね。しっかり噛んで食べると、お米はますます美味しくなるんだよね。

●TEXT+PHOTO:井上良太