これまでの話
9月の三連休、八ヶ岳登山に行くことにした。連休初日の夜、下山する予定の立場川キャンプ場に到着する。翌朝、登山一日目、キャンプ場にバイクを置いて、美濃戸口へ向かう。最初は歩いていたのだが、時間を短縮するために、ヒッチハイクで美濃戸口に向かう。
美濃戸口で、ヒッチハイクで乗せてくれた方々と別れて、赤岳山荘へ。その後、赤岳鉱泉、硫黄岳、赤岳を経由して、宿泊地であるキレット小屋に到着してキャンプをする。
キャンプ指定地では、二人の青年と出会い、山でのひとときを楽しむ。
出発
登山2日目、4時起床。
テントから外に出ると、まだ辺りは暗かった。
遠くには街の灯りがちらほらと見える。清里の灯りだろうか。
寒さは思ったほどでもない。まわりの登山者もごそごそと起き始めているようだった。
まずはお湯を沸かす。そして、レトルトの塩カルビ丼を温めると、ごはんにかけて食べる。山に登ると食料と水のありがたさを特に感じる。米粒一つ残さずに食べ終わると、撤収作業を始める。作業が完了すると、辺りは明るくなってきていたので、ヘッドランプを消す。そして、最後に水を汲みに行く。
しかし、水場について唖然とした。
なんと、水が涸れていた。正確にいうと、水滴が一滴一滴したたり落ちている状態だった。恐らく2リットルの水筒を満たすのに、1時間以上はかかりそうなペースだった。水はあきらめるしかなかった。
水筒に残っている水は500mlほど。次の水場までは、3時間弱。なんとかなるだろうと思い、権現(ごんげん)小屋を目指すことにした。今日は、権現岳、西岳を経由して立場川に下山する。
昨夜遅くに到着した青年に、別れを言ってから出発したかったのだが、彼のテントはピクリとも動かない。熟睡しているようだった。少し寂しさを感じつつ、5時半前にキレット小屋のキャンプ地を出発した。
権現小屋へ
早朝のひんやりとした空気が心地良かった。今日はいい天気になりそうだ。そう思いながら歩き始める。
歩き始めると、いきなりこの日一番の見せ場がやってきた。キレット小屋付近の林を抜けて稜線に出たときだった。突き上げるような感動におそわれる。そこには、どこまでも広がる雲海があり、その雲の海から、今まさに太陽が昇ろうとしていた。
思わず目を奪われて、立ち止まる。息を呑む光景だった。
しばらくの間、その場から歩くことができなかった。雲海から太陽が顔をだすと、雲はオレンジ色へと変わった。
朝日に照らし出されて朱色に輝く遠くの稜線上では、同じように立ち止まって日の出を迎えている登山者の姿が小さく見える。
山を登る者のみ見ることが許された絶景だった。
15分ほど雲海から登っていく太陽にくぎ付けにされた後、再び歩き始める。
しかし、景色に目を奪われて、歩くペースはどうしても遅くなってしまう。
太陽が登るにつれ、雲海は薄いオレンジから綿のような白へと色を変え、刻々とその様相を変えていった。
雲海の壮大な変化と美しさにどうしても惹きつけられてしまう。時折、立ち止まっては眼下に広がる雲海に見惚れていた。どうしようもない絶対的な魅力につかまってしまったようだった。
僕は先を急ぐことを諦めて、権現小屋まではゆっくりと景色を見ながら歩くことにした。
権現岳、そして下山
権現小屋に着いたのは、7時半。通常ならば1時間で着く距離だが、2時間もかかってしまった。
小屋から権現岳の頂上は近く、2、3分ほどの距離だった。権現岳山頂に立つと、遠くに南アルプスの3000m峰の山並みが見える。白い雲の上に浮かぶ山々は、まるで島のようだった。
権現岳山頂からの光景を堪能した後は、先を急ぐ。
権現小屋に再び戻り、そして青年小屋に下る。ここで水を汲んで西岳へ。
西岳山頂で15分ほどの長い休憩を取ると、その後は、一気に立場川キャンプ場の登山口まで下った。
立場川の登山口には、12:30に到着。登山口から、バイクを置いてある場所までは10分もかからなかった。
バイクを停めた場所に戻ると、ザックを降ろし、登山靴からサンダルに履き替えて、ドカッと座り込み、美しい木漏れ日の林を、しばらくボーっと見ていた。9月下旬というのに、まるで初夏のような光景だった。ゆったりとした時間の流れだった。
朝露で濡れていたテントをザックから引っ張り出すと、バイクにかけて乾燥させる。テントが乾くと荷物をバイクに積んで、来た道を静岡まで帰った。
八ヶ岳を登って
八ヶ岳は、考えていた以上にアルペンムードが漂う山だった。
森林限界線より上の展望も良かったが、そこに至るまでのコースにおいても沢や森が織り成す自然が美しかった。広大な裾野や硫黄岳の爆裂火口のダイナミックな景観など、とても変化に富んでいた。
今回は、南八ヶ岳が中心だったが、原生林、草原、湖が広がる北八ヶ岳もぜひ歩いてみたいと思った。
また八ヶ岳に来たい。そう思ってしまう素敵な山だった。
<終わり>
八ヶ岳
Text & Photo:sKenji