地味な苦難その5.“日付またぎ”の罠
下関駅を出発した電車は、トンネルを通過し、門司駅に到着した。
駅のアナウンスが変わり、駅の看板もそれまでとは違う。そう、ここは福岡県北九州市門司区。ぼーっとしていたが、いつの間にか九州に突入していたのだ!
本州から九州に移動したからと言って、特別な感動も何もなく、「気が付けば九州」といった感じ。車窓からの風景に劇的な変化はなかった。ただ、JR西日本に馴れている僕には、JR九州のアナウンスや駅看板、車内に貼ってある路線図などがいちいち新鮮で、それらをしみじみ眺めていた。駅はたくさんあるけれど、知っているのは小倉、博多、熊本……と言った大都市ばかり。それ以外の地名はほとんどわからず、九州がまるで国境をまたいだ外国に思えた。
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ふと、僕の横で携帯の着信音が鳴った。着信音の主は僕の横に座っていた大学生くらいの若い女の子。なんとそのまま車内で話し始めた!
―――車内で電話とはケシカラン!
と、頭で思いつつ、しかしそれを咎める勇気もなかった僕だが、彼女が次に発した言葉に衝撃を受けた。
「なんね、どげんしたと?」
ど・げ・ん・し・た・と・?……あああ、博多弁だ!!!
この女の子がかわいいのか、博多弁がかわいいのか。恐らく両方で、博多弁を話す女の子の何とも言えないかわいさを目の当たりにしてしまった。それまで九州出身の友達は少なかったため、まともに博多弁を聞くこと自体初めて。思わずテンションが上がってしまう。
「行きたいけど、雨降りようけんが。どげんもならんとよ~」
ふ・り・よ・う・け・ん・が・!!!……か、かわいい。
車窓からの景色は徐々に薄暗くなり、九州を感じさせるものはほとんど見えない。けれど、女の子から聞こえてくる博多弁に、不覚にもときめいてしまった。マナーのなっていない女の子だというのに!!関西出身の人間が関西の外に出ると、かなりの確率で「関西弁大好き」と言ってもらえるが、いやいや。博多弁のほうこそ、ものごっつかわいいやんか!!
―――車内で電話とはケシカラン!
という気持ちはどこへやら……。僕は、その後も乗客たちの話し声に耳を傾けた。
しかし、そんな楽しい気分も徐々に薄れていく。何故って、いよいよ夜も深まり、次第に乗客も減ってきたからだ。博多で乗り換え、熊本を通過し、荒尾(熊本)という駅で乗り換え、時刻は22時過ぎ。1時間半ほど行けば、今日の目的地・八代に着く。電車の車内はついに僕一人だ。
電車に乗りっぱなしだったせいか、もうとにかく腰が痛い。
誰もいない車内で思いっきり体操をする。「あー、痛い痛い」とか呟く。朝から背負い続けたザックの奥に入っていたお菓子をがさごそ取り出す。
乗客が多かった時にはできなかったことができるようになり、いよいよ不思議な気分になってきた。暗い風景の中を走る電車、2両編成に乗客は僕だけ、いつもなら実家で風呂にでも入る時間に見知らぬ土地を移動……。
「間もなく八代です」
と聞こえてきたアナウンスだって、もはや僕用のアナウンスだ。
23時30分すぎ、八代駅到着。
電車を降り、改札口で駅員に青春18きっぷを見せ、通してもらった。青春18きっぷには「三ノ宮 JR西日本」とスタンプが押されてある。わずか一日、2,300円。何とも言えない満足感だ。
自分の中で、もうひとつ満足していた点がある。
それは、23時30分すぎに、八代駅到着したということ。実はこの1時間後の0時30分ごろに、もう一本八代駅到着の電車(終電)があった。しかし、ここで注意したいのは、青春18きっぷの使用ルールの中に「深夜0時を超えて最初に停車する駅まで有効」という項目がある点。つまり、“日付またぎ”をしてしまうと、余分に料金がかかってしまうのだ。
例えば、道中に寄り道などをして0時30分ごろの終電で八代駅に到着していた場合、追加料金が取られてしまうのである。
だからこそ、「23時30分到着」というのが何とも鮮やか!我ながら、大満足だったのだ。間もなく訪れる落とし穴に気付くまでは。
八代駅の近くにはシャワー付きのネットカフェがあり、今夜はここに泊まることにした。駅のコインロッカーにザックや手荷物を詰め、意気揚々とネットカフェに向かおうとした、その時。
ガチャン(23:59 施錠)
ガチャン(00:00 課金)
「ああああああああっ!!!」
思わず声が出てしまった。
そう!コインロッカーに荷物を預け、施錠した瞬間に日付が変わってしまったのだ!!コインロッカーと言えば、夜0時を回った時点で次の1日分の料金を請求するケースが多い。例えば、1日400円のロッカーであれば、0時を回った時点で翌日分の400円が課せられるということだ。
つ・ま・り、このロッカーもご多分に漏れず……。あと数秒待てば400円で済んでいたロッカー代が倍かかってしまったことになる。ああああああ……。青春18きっぷの“日付またぎ”には充分注意できていたのに、コインロッカーの“日付またぎ”を忘れていたなんて……。うかつだった、何とも言えないイージーミスである。
僕は込み上げてくる残念な気持ちをぐっとこらえ、八代駅から徒歩10分のネットカフェへ向かった。
(つづく)
三ノ宮駅
八代駅
旅の記事、いろいろあります。
「これさえあれば、1日中JRの普通列車が乗り放題」という、青春18きっぷ。この夢のようなきっぷが導くスローな旅には、「ちょっとしたドラマ」が詰まっています。
青春18きっぷであっちこっち旅をした時の話です!