[最初のひとこと]
女川のマスコット、シーパルちゃんが抱いているのもサンマじゃなかったのです!
(女川観光埠頭近くの巡航船待合所の窓に描かれたシーパルちゃん)
「金だけつぎ込んだって何も変わらない。いや、かえって悪くなるだけだ。震災前からこの辺はずっと右肩下がり。津波で壊された港を元に戻したからって、高齢化が止まるか? 人口流出が止まるか? 漁業や水産業が復活するか?」
女川町に行くたびにほぼ毎回会っている60歳の男性と、復興に向けての工事が進む漁港のことでお喋りした。彼自身の仕事は漁業や水産業関連ではないが、こどもの頃から女川で暮らしてきた人だから、海の話になるととどまるところを知らない。
「港自体としてはな、女川は恵まれているんだよ。戦時中には軍艦が泊まっていたっていうくらいだ。水深はあるし、大きい船が何杯も停泊できる。それなのに、カツオの水揚げといえば気仙沼、ってことになっちゃったのはなぜだと思う? 設備なのか、努力なのか、俺には分からねえが、とにかく足りなかったんだな。女川は負けちゃったんだよ。そこのところを何とかしないと、今度も同じことだと思うんだがな。」
ちょ、ちょっと待ってくださいよ。
女川といえば、サンマとギンザケで日本有数の水揚げを誇る港だけど、カツオはずっと気仙沼が一番じゃないんですか。震災の年まで含めて。
「あれ、そうか、知らなかったのか? 女川はね、サンマだけじゃなくてカツオでも日本屈指の水揚げ港だったんだが…。いまじゃイメージすら残ってないわけだ。」
基本=高く買ってくれる港に魚は集まってくる
カツオ漁もサンマ漁も漁船は全国からやってくる。女川の船が近くの海で漁をして女川に水揚げするわけではない。静岡とか千葉とか三重とか、日本中から魚を追ってやってきた漁船が、一番いい条件の港を選んで魚をおろす。近隣の漁港、たとえば石巻と女川と気仙沼、さらに大船渡あたりは、三陸沖の漁場からの距離に大きな差はない。だからある意味ライバル関係にある。
「魚を高く買ってくれる港が一番なのはもちろんだ。でも仲買いの力だけじゃなくて、水揚げの施設や、鮮魚を都会へトラックを走らせる流通の設備、加工場とか冷凍工場、停泊した漁船の漁師を受け入れる地上の施設とか、いろんな条件で港の価値は変わってくる。女川がカツオの港ではなくなったってことは、そんな総合力で負けたってことなんだよな、たぶん。」
ここまでは、三陸沖に好漁場をもつ隣近所の漁港同士の戦いだった。でも、震災で状況が変わった。
震災で港の機能そのものが破壊された被災地の港では、被災から長い期間、水揚げすらままならない状態が続いた。
その間、たとえば養殖ギンザケの主要な水揚げ地だった女川からサケが供給されなくなったからといって、全国の弁当屋からサケ弁当が消えるなんてことはなかった。流通ネットワークの消費者寄りのところでは、水揚げ不能になった東北に代わって、別の産地から商品を集めるということが、当然のこととして実行された。
ようやく水揚げが回復基調に乗ってきた被災地の漁業や水産業は、震災後新たにとって代わった産地との戦いを制さなければ、震災前の水準に回復することはない。
「被災地の漁港はマイナスからの発進なんだよ。とって代わった産地だって必死だろうから、元に戻すのは容易じゃねえんじゃないかな。だから、港の岸壁とか直すのにばっかり金をかけたって仕方がないと思うんだ。マイナスから始めて、どうやって売っていくか作戦を考えてからじゃないと、ただやみくもに水揚げだけ元に戻そうったって、将来は明るくないと思うよ。」
そんな話を聞いた後、カツオが描かれた女川町の錆びた消火栓を見つけた。
辛口の60歳氏も含め、女川の多くの人たちが、漁業の町、水産業の港としての復活を待ち望んでいる。
そしてもうひとつ。氏は三陸の港同士がライバルと言っていたが、ライバルは東北の港だけではない。日本中がライバルだ。でも競争相手だからといって、日本中の漁師たちが大漁競争をしていたらどうなるか?
たくさん獲れたぜ大漁だ!大漁だけど獲りすぎて値崩れだ~●今回の震災は、そんな負のスパイラルを断ち切るチャンスかもしれないという、石巻と女川で聞いた話は、追加取材の後、近日中にお届けします。
文●井上良太