島の恵みを分け合う共同浴場
口永良部島の玄関口である本村(ほんむら)集落から車で30分ほど揺られ、今回の旅の拠点となる湯向(ゆむぎ)集落のへきんこ亭新館へ。へきんこの会が構えた移住・交流体験施設とのことで、山地さんいわく、2012年の3月に新調されたばかり。見た目が綺麗な古民家という印象です。スギや竹など、なるべく屋久島町で採れたものを使って建てられているそうで、ほのかにスギの香りが立ち込めているようにも感じます。真ん中のいろりがまた趣に溢れて良い感じで、島民や観光客がここを囲んで語り合う日も想像できました。
ひと段落するとまずは湯向温泉に向かいます。へきんこ亭からは徒歩1分程度で、30秒も歩けば硫黄臭が漂ってきました。建物は長らく活躍してきたことを思わせる風格を帯びた面構えで、改めてこの島が火山と温泉に恵まれてきた島だと感じさせてくれます。
浴槽を覗けば湯の花が大量に浮かんでいました。今までめぐった温泉はざっと100を超えるほど、温泉めぐりが趣味の僕ですが、湯の花がわかめのような大きさで浮かんでいる温泉なんて今まで見たことがありません。
島を訪れる前、口永良部島について色々と調べていました。この島で暮らす家庭の中にはお風呂の無い家もあるとのこと。そのかわり、島内に4か所ある温泉を日常的に使うとのことだそうです。いやいやそれも納得です。各家庭に浴槽を設けるより、「口永良部島ならではの恵み」とも言うべき温泉を島民同士で共有する方がよっぽど贅沢な気がします。
新鮮だったのは、シャワーが無く、浴槽のお湯を身体に掛けて洗うという点。偶然、牧場での作業を共にした武石さんらと一緒になったので、洗面器を貸し借りしながら身体を洗います。そうするとなんだか、温泉が湧くならシャワーを使うことさえも野暮な気がしてきました。浴槽からお湯を汲みつつ身体を洗うことが、この島の流儀のように思えたのです。武石さんと世間話をしつつ、「明日は何するの?」なんて聞かれると、非日常なはずのこの場所が、まるで日常の一部のようでした。
食事から感じる、島との距離感
温泉から戻ると、この日は、山地さんが食事を作って下さるということだったので、そのお言葉に甘えることにしました。ただ、このへきんこ亭新館、普通のキッチンとは少し違いました。その最大の特徴であり印象的だったのが、調理用のガスコンロがなく、かわりに一斗缶を組み立てたロケットストーブというものを使用する点。コンロのように使うことは出来るのですが、そのためには薪をくべなくてはなりません。蛍光灯ではなく暖色の電球が光る木造の建物、開いた扉からは風がほのかに吹き込みます。おまけに大きめの虫が窓に貼りついているものですから、さながらキャンプをしているかのような気分です。山地さんが薪を並べて点火をすると、いかにもキャンプらしい、こうばしい香りが立ち込めます。
さて、この日の食材は島でとれた野菜、魚、鹿肉でした。島でとれたものということもあり、改めて購入するものと言えば、島でとれないものと調味料程度。「食材のほとんどを島で分け合っている。」と山地さんは言います。
島に点在した畑では、いたる所で大根を見かけました。山地さんが冷蔵庫から取り出した大根もおそらく、その中の一本でしょうか。逆に、島で育つ野菜の肥料には山地さんの飼う牛の糞が使われることもあるといいます。網の上で焼かれている魚もまた、島の人が釣ってきたとのこと。市販のような「トレイの上に綺麗な切り身」ではなく、「豪快なぶつ切り状態で冷凍保存」ですから、なかなか見ることはありません。鹿肉に関しては島の道路でわんさか見かける鹿を捕まえて解体したものでした。「鹿をさばいたのは初めてなんだよね」と山地さんが笑います。口永良部島で暮らして5年以上という山地さん。それでいてなお、新鮮な経験をするわけですから、「いやぁこの島は奥が深い」と感じさせてくれます。
山地さんが「大して旨いもんじゃないけど」とことわって出した料理は、島の鹿肉と大根(根、葉)、人参を炒めて塩こしょうで味付けしたもの。脂が少なく身の引き締まった鹿肉と、炒めたことで程よく水分の抜けた大根の歯ごたえがなんとも良い感じです。鹿はこの島を走り回ったのだろうか、大根は何の不足も無い環境で育ったのだろう。そんなことをつい想像してしまいます。およそ都会では感じることのできない食事の仕組みを前にして、そのありがたみを覚えずにはいられません。
翌朝、「冷蔵庫の食材は自由に使って良いよ」と山地さんが言うので、僕も一品作ってみることに。土が残る野菜を洗い、薪をくべるのですが、薪も大きさや火の通り方はばらばらで火加減はなかなかに不安定。ご飯だって炊飯器ではなく飯ごうで炊くため、馴れない僕は飯ごうの様子が気になってその場を離れられません。普通なら20分程度で済ませられるであろう調理なのに、気づけば時間はその倍近くかかっていたのではないでしょうか。
苦戦しつつ、ようやく、麦ごはん、魚のアラが入った味噌汁、それに野菜炒めができあがりました。魚の香りがする熱いみそ汁はじんわり旨く、大根の葉が入った野菜炒めはやはりシャキシャキの歯ごたえが抜群です。売られている食材や、スイッチ一つで炊けるご飯に、この旨さを感じることがあったでしょうか。
山地さんが作った料理にしろ、僕が作った料理にしろ、「味が良かった」だけでは片づけられない旨さがある気がしました。僕は「食材を島民同士で分け合う」ことを素晴らしいと感じていましたが、分け合う相手は人対人に限ったことではなく、もっと壮大だったのです。島から人へ。そう感じるのは、この島の、この距離感だからこそ、かも知れません。