石巻駅からそう遠くない中心商店街のとある小さな路地。厚い扉を開いて階段を登りつめると、そこは隠れ家のような別世界がありました。広くはないが落ち着いた雰囲気の店内から、「いらっしゃいませ。お越しいただいてありがとう」と奥さんの声。お店の空気と一体になったような声が耳に心地よく響きます。
今宵は「まんまる夜の会」。石巻のこれからを作る人と、それを支える人がゆるやかに出会える場と題して、日和アートセンターが企画した食事と音楽の会なのです。
ボランティアの受け入れ活動を続けて来た地元の方、東松島からいらしたとってもお洒落な農家のお母さんたち、支援のために広島からやってきたという中学校の先生、石巻に移住して活動しているフォトグラファー。多彩な人たちとたくさん話しをすることができました。音楽家・安土早紀子さんの即興演奏も素敵でした。
心にぐっとくることが盛りだくさんだった夜ですが、会場となったフランス料理ルレおおたやのオーナーシェフ、太田登喜雄さんの言葉をお伝えしたいと思います。
太田さんは、料理をひと通り提供した後、フランスの料理とお酒についてといったテーマで20分ほどみんなにお話ししてくれました。
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フランス料理といえば、かつては濃厚なソースが特徴でした。ソースは何日もの時間と手間をかけて作り上げられるものです。そんなソースがフランス料理の決め手とされてきたのは、輸送機関も冷蔵保管技術もなかった時代に、おいしく食べるために作り上げられた、その時代に適した調理の技術だからなのです。
料理は時代とともに変化していきます。濃厚なソースが特徴だったフランス料理も、軽いソースや食材の新鮮さを追求する「ヌーベル・キュイジーヌ」へと移り変わり、今日お出ししたような濃厚なソースはなかなかお目にかかれなくなりました。時代や環境に合わせて姿を変えていくのが料理というものの姿なのです。
フランス料理に合う飲み物といえばワインですが、フランスのワイン農家は土に特別な自信とこだわりを持っています。いまではチリや南アフリカなど、ヨーロッパ以外でもたくさんのワインが造られますが、たとえボルドーと同じ種類のブドウを別の場所で栽培しても、ボルドーと同じワインは造れません。その土地の風土があるからこそのワインなのです。
とはいえ、シャンパーニュ地方で作られるワインは昔からガスが多いせいで、かつては安物のワインとして扱われてきました。運んでいるうちに瓶の中に貯まったガスでコルクの栓がポンポン飛んでしまって、とても市場に出回るようなものではなかったのです。ところが、針金を使ってコルク栓を固定するという工夫がシャンパーニュのワインの運命を変えました。みなさんご存じのシャンパンです。発泡酒はさまざまな土地で作られますが、シャンパンと呼ばれるのはシャンパーニュ地方で造られたワインだけなのですよ。
時代とともに変化していったり、その土地にあった作物づくりにこだわったり、ちょっとした工夫で特別なワインをつくり上げたり。そんな努力を何年も何十年も地道に継続してきたのがフランスです。フランスという国の人たちは、土地への誇りと工夫する心、そしてそれを守り続ける心を持っています。そんなフランスの文化によってフランス料理はつくられているのです。
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「石巻も同じ」なんて、オーナーシェフの太田さんは一言もいいませんでした。でも、お話を聞いていたみんなのこころの中に、土地に誇りを持つこと。環境の変化に合わせて自分自身も変わっていくこと。工夫によってマイナスをプラスに転じること。そして何よりもそれらを継続していくことが大切なのだという「復活」に向けての種子が撒かれたことは言うまでもありません。
今回の出張の最後の夜は、貴重な話をたくさん聞かせていただけた、特別な夜になりました。